過去は、悔やむ為にあるんじゃ無い

元旦那の術後、

入院中どうなっているのか

さっぱりわからないまま、

昨日は息子夫婦と娘夫婦で

自宅でご飯を食べた。


着替えどうしてん?

退院後の治療はどうすん?

手術代払えるん?


色々疑問が湧く。


が、面倒を見切れないのに

こっちから聞いたところで

解決より、更なる問題が生じるなら

向こうから言ってこない限り聞くまい。

と口走った私。


そうだ。

私は自分勝手で、

感謝もしない様な人に

お節介をやき、

自己満の為に

「あんたにこぅしてやった」だの

「あんなにしてやった」と、

見返りを期待していたな‥と。


元旦那は、

自立していない甘えん坊で、

私が勝手に世話をやき、

勝手に「なんで私が想像してた

結果を出さないの?」と、

これまた勝手に憤慨していた。



要は、出来ない相手に過剰な期待をして、

出来ないんだから当たり前なのに

勝手に怒っても、

私の思考と行動が

そもそも間違っていたのだ。


ちゃんと自立した人間を

見定める力が自分には無かった。


私自身が自立出来ていなかったのだ。


過去を悔やむエネルギー程

無駄なものは無い。


過去を思い出す時は、

そこから今を変える学びを

得る時だけにしよう。


次のステップに

エネルギーを注ごう。


娘から

「にいちゃんと私が存在するのは、

あんなんでも、父親が居たからやで。

だから良しとしよう。」と、

悔やみかけた私に言ってくれた。


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