自宅警備員がマジで警備員やってみた話

自宅警備員という言葉を知ってから久しく立つ。面倒くさい親の対応さえなければ衣食住、昼寝付き、お小遣いまであるなら自宅警備の仕事も悪くないのかもしれない。自宅警備員だった僕が実際に警備員の仕事をしたらどうなったか、書いてみようと思う。もちろんジョークじゃない。しかし、これはあくまでも個人の経験談で、時間のない人は読まない方がいい。役に立つ情報は毛ほどもないし、記憶を元に書いている脈略のない文章だ。

僕は寮に住みながら警備員の仕事をしたことがある。
引きこもりから脱出して専門学校に入ったのだが結局中退をしてしまい、メンタルがやられて実家に帰った。半年ほどが経過して働こうにも地元では働きたくなかったから隣県で仕事を探して紳士服店の面接を受けた。
結果は合格だった。アルバイトだったが正社員前提で採用してくれると言う。
しかし、妙な気持ちだった。わざわざ僕は隣の県で仕事を始めてどうするのか? 自分はそもそも何になりたかったのか? なんで東京に行ったんだっけ? と疑問に思った。
僕はクリエイターになりたかった。東京の専門学校に行ったのもそのためだ。
自殺願望のある引きこもりだったとき、僕はTVの世界に浸りきりだった。今でこそTVを全く見なくなったが当時はドラマや音楽、映画、アニメも好きで、来週の続きがあるから死なずに生きていようと思えた。
バンド音楽も好きでいつか組んでみたいと夢見ていた。だけど引きこもりでバンドを組める友達や趣味の合う仲間もいない。ましてや歌が上手いわけでもなく、普通の人との付き合いさえ怖くてできなかった。
僕にとって現実や社会は違和感だらけで、そこから回避するために次第に自分の世界を作ってみたいという願望に変わっていった。それは何でもいい。自分が考えたものであれば小説でも音楽でも映像でも洋服だろうと会社だっていい。
僕は紳士服店の採用を辞退して東京に戻ることを決めた。
もしかしたらコロナで世界は変わったのかもしれない。ようやく人は場所に縛られずに生きているようになったのかもしれないが、田舎はやはりダメだ。ここでは何も育たない。きっと僕個人の経験が原因なのもあるだろうが、ここにだけはいたくなかった。かといって他の地域、いや東京じゃなきゃダメだ。
引っ越しするのにはお金と時間がかかると思い、僕は住み込みのバイトを探すことにした。
スキルのない人間が住み込みでできるバイトは限られる。

- 土木、建築関係
- 警備員
- 飲食店

僕が調べた限りこの3つだ。飲食店は従業員用に提供している場所があるにはあるのだが、数が多いわけではない。僕はとび職を目指しているわけでもないし土木、建築は肉体的にもハードだ。消去法で僕は警備員に決めた。
電話で話を進めて、営業の人が面接をしてくれるとあっさりと採用が決まった。なんでも次に自分のポジションをやってくれる候補を探しているらしい。

「もう飽きてきたんだよね」と寮に案内される道すがらに話してくれた。
見た目は爽やかな人だ。焼き鳥が好きで毎日のように居酒屋に行くらしい。面接や会話している最中に同じことを3回は繰り返し聞いてくる。直ぐに忘れるようで3歩で忘れるニワトリのようなイメージが浮かんだ。

「そうだ、数日後に東京ガールズコレクションの警備やるから来なよ」
仕事まで暇だろうからさ、と誘われて「ああ、じゃあ行きます」と僕は応えた。
日中の寮には誰もいなかった。ちなみにルームメイトはおじさん3人だ。いや、自分でもわかっている。馬鹿なことをしているのは。
しかし、当時の僕はそんなことは気にしてられないほど地元から離れることに必死だった。
夕方になりおじさん二人が帰宅して来た。心配はあったものの挨拶すると何でも聞きなよと言い、色々アドバイスしてくれた。帰宅してこないもう1人のおじさんには「あんまり関わらない方がいい」と忠告された。
数日は研修とか準備をしながら、営業の人(ここから呼び名はニワトリ課長にする。課長はなんとなくだ)から言われていた東京ガールズコレクションの会場に遊びに行った。
警備員は黒人の人で固められていた。別に腕っぷしが強いとかではなく実際は日本に来て飲食店をしている人とかそういう人たちだ。
「こういうのもやってるよって見せたくてね。東京だとこういう仕事もあるんだよ」
田舎から出て来た僕に東京らしいものを見せようとしてくれたらしい。気持ちは嬉しいが専門学校がファッション系だったから物珍しさはなかった。洋服を作ってファッションショーをやったり、ショーになるとモデルや有名デザイナーが来るという学校だった。男友達と毎週のように新刊の女性誌を眺めているという不思議な学生生活を送っていた。
ニワトリ課長には放置されてしまったので、かなり暇で関係者が付ける腕章を付けて会場内をウロチョロしていた(本当はダメだけど)
ブラブラしていると出演者の控え室周辺に入ってしまっていた(偶然にも…)メイク中のモデルたちがいて、さすがにまずいかなと思い、引き返そうとすると、
廊下の向こうからモデルのローラがさっそうとこちらへ歩いて来るのが見えた。
僕は思わず顔を伏せてさっと避けた。

ローラが僕を横目に見て微笑を浮かべる。
なんか凄く自分がダサい奴に感じた。いや、本当に。一体俺は何をしているのか。観客席側に移動したが虚しい気持ちが続いていた。ショーに出演しているモデルの中にも同じ学校出身の娘がいる。
「あっという間に差を付けられましたね」
「めっちゃ差付いてるよ!」
自虐のつもりでニワトリ課長に話したが、どストレートな返しをされた。
「いや、まあ女の子は行くとき、あっという間に行くからね」
フォローになっていない。
それから僕はとくにやることもないので途中で帰ることにした。
ローラの笑みの後に歯の抜けた笑みを浮かべるおじさんたちのいる寮に戻ると思うと気分はより一層重かった。

「若い人が珍しいね」「若い奴がやることじゃないよ」
僕が警備員している間中ずっと言われていたことだ。
いきなり答えを出してしまうが、自宅警備員も警備員も若い人がやる仕事ではない。
僕はそれを仕事初日に深く痛感することになる。

夏頃で暑かった。警備服に警棒とヘルメットをボクシングバッグに入れて電車に乗って運び、現場に着くとおじさん、おじいちゃん警備員たちに混じって事務所へ入る。
臭う、とてつもなく。既に床が汗で臭かったのかもしれないが激臭だ。目の前に広がる黒々と日焼けしたおじさんたちの誰かが臭う気もする。息を止めて着替えを済ませようとしたが無理だった。
「うっ」
おじさんたちの中には良い人もいたが、説教くさかったり、やたらアドバイスしたがったり、問題は警備員だけではなく、現場にいる監督やパワハラ系おじさんまでいる。そんなおじさんたちに耐えながら、またおじさんしかいない寮へ帰るという日々が続いた。
上京数日で僕は空を見上げ絶望していた。
すると朗報が入る。なんと、寮に後輩が入ってくるらしい。年齢も僕より若い。
「よし、キタ!」
新しい後輩は山口くんと言った。山口県から上京して来たから仮に山口くんにしておく(ネーミングが全部安易なのは見逃してほしい)
見た目は山口県出身の某迷惑系ユーチューバーを縦に潰したようなずんぐりとした体型で、
「あざっす」「マジッすか?」「マジ尊敬しますよ」
とよくいる調子のいい後輩キャラをしていた。
お調子者な上に基本的に人をバカにしていて、上げてけなすDOQ。他人を見下すことで自尊心を保っているタイプだ。しかしそんなことを気にしている場合ではない。
コイツと組むしかない…

「コイツ殴りてー」
「はっ?」
ある日、現場に向かうバスに乗ろうとすると、初めて会う現場監督から言われた。
「それ完全にキ○○イじゃないですか」
寮に帰って山口くんに話した。愚痴が言える後輩ができただけでもだいぶマシだ。
「いや、頭おかしいの多すぎるよ。ポンコツも多いし」
その監督が考えてることは分かる。お笑い番組の見過ぎだ。「こいつ腹立つなー」「殴りてー」とかバラエティを見て面白かったことをそのまま使う人はよくいる。アニメの見過ぎとかネットの見過ぎとか会話内容で大体わかる。素人が初対面の相手に言って面白いわけがない。
学校に行っていない僕からすると、中学や高校に行っていようがいまいが、まともにコミュニケーションが取れない大人はたくさんいる。大学に行ってようが頭の悪い奴もたくさいる。社会に出るまで劣等感を抱いていたがそういう人を見ているとむしろ自分は行かなくて良かったのかもしれないとも思えるときがある。
まあ、かと言って自分の状況が良いわけではないのだが、仕事中は殺意を込めた眼差しで、監督を睨みながら、わざとふてくされたように仕事をこなした。
警備員を敵に回すということは命を危険に晒すということだ。
警備員にも種類がある。会社によっても違うだろうし警備関係が全部こうだとは誤解しないでほしい。施設警備員や交通誘導警備といのもあり僕がやっていたのはほとんど後者がメインだった。モニターを眺めているような警備員はやったことがない。一般的に街で見かけるような警備員は年配の人が向いている仕事なのかもしれない。

「警備してたら、なんか涙出てきて」

DOQの山口くんが告白するぐらいなので間違いない。
なんだか警備していると時間の流れがとてつもなく怖くなる。自分の人生や若さを無駄にしているような気がしてくるのだ。
(あそこはNGでお願いします。他の現場に回してください)
後輩が来たことで良いことがもう一つあった。若い人間が入り幹部候補で優遇されている(そんな気はさらさらないけど)意見がある程度通るということだった。
寮の住んでいる階も年齢層で分けるとのことで部屋替えまで決まった。
ヨッシャー!
アイツ、マジでヤバいっす
というのも寮にあまり帰ってこないおじさんは夜勤が多かったのだが、たまに帰ってくると強烈な臭いがした。言い方は悪いがほとんどホームレスみたいなおじさんで部屋の前を通るだけで嫌な臭いがした。お金の貸し借りとかもよくあるらしく、確かに関わりたくはなかった。
そしてもう一つの問題は山口くんでもあった。愚痴や悪口を相手に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で話すという変な癖が彼にはあった。歩いている見知らぬ通行人まで何か言い出すようなほとんどヤカラだ。聞こえるか聞こえないかぐらいの声で話すから相手も直接怒ってはこないが一緒に歩いているこっちとしてはたまったもんではなかった。
それを山口くんは寮の中でおじさんたちがいるにも拘わらずやりだしたのだ。始めは親切そうなルームメイトおじさんたちだったが、そこそこ良い年齢で狭い寮に暮らしているということは訳ありの人たちだ。お金を借りに来たり、新しい部屋の話があると耳に入れると、こっそり事務員に電話して自分だけ抜けがけで部屋を移動してくれなど、徐々にボロは出始めていた。

「おれぁよ、ヤ◯ザの友達いるからよ」「最近の若いヤツはよぉ!」

おじさんはご立派だった。しかも山口くんはいない。部屋にいる僕に当てつけるようにわざと部屋の外で僕と山口くんの陰口を言っている。間接的な脅しの内容が虚栄心とハッタリなのは見え見えだったが、さすがの僕も頭にきて職場に「なるべく早く部屋を変えてください」と伝えた。

と、こんなことを言い出したら切りがない。

おじさん以外にも働いてる人はいる。例えばダブルワークのカメラマンだったり、プログラマーで一時的にやっているとか、変わった人でいえば女装壁のある男性もいた。通勤はセーラー服だ。話すと悪い人じゃないし本人曰くLGBTとのことで、なぜセーラー服なのかもあまり深く追求できない。しかも警備をしている近くの高校の制服を着てくる念の入りようだった。

施設の警備はある程度決まりがあり比較的楽だった。競馬場の警備などもあったが、車両の出入りが多いわけでもなく、長時間何もない場所で待機して途方もない時間、空を眺めていた。
「君!出世しろよ。絶対に出世しなよ」
と僕を見るなり急に「出世しなよ」と毎回声をかけてくる出世しなよおじさんもいた。
そんな周囲の期待に応えて僕は半年が過ぎた頃にようやく辞めると職場に告げた。
職場のクセが強過ぎじゃ。
悪いおじさんだけというわけではなかった。競馬場に常駐していたおじさんには親切にしてもらっていたし、辞める前にもう少しお礼を言いたかったぐらいだ。
どこかズレているとか、どこかしらトボケているとこだけで根は優しい人もいた。
その後山口くんの方はというとまんまと正社員に一度なってしまい。会社を掻き回した後、仮病を使いながら休んで辞めることを伝えたらしい。
「俺が入った会社、俺がいなくなった後に回らなくなって全部潰れるんすよ」
と自慢げに言っていた。

山口くんとは連絡先を交換していて「一生付いて行きますよ」とか適当なことを言っていたが、上手くそれを巻いて連絡はしていない。
若さの一つに焦りといものがあると思う。時間は貴重だ。この経験が僕に取って何だったのか今でもよくわからない。自分がこの頃より少しでも向上したのかさえ、疑問だ。
ただ僕に取ってはかなり辛い仕事だったが警備員時代に食べた焼き鳥が人生で一番美味しかった気がする。
おじさんに対する愚痴ばっかりだったが、やりたくない仕事をして社会を支えているおじさんたちはたくさんいる。世の中には色んな仕事があってそれで成り立っている。
例えば華やかなモデルや芸能人が社会に取って、必要不可欠な仕事というわけではないだろう。一般市民の生活があってこそ成り立つ仕事だ。芸能人が叩かれるのも社会や世界がそれだけ上手くいっていないという証拠なのかもしれない。

最後に僕がこの経験を通して唯一言えることがあるとすると、

ローラはとても良い香りがしたということだ。

やはり最初にお伝えした通り、これは脈略のない駄文だと思う。

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