60才の悪あがき⁈

何してるんでしょう、私!
おかしい_60歳になったら 
のんびり手料理なんぞをいっぱい作って
スローライフを送ろうと思っていたのに……….
フェイスブックだ、ホームページだ、ランディングページだ 〜
使い慣れず頭の痛い、
寝不足の毎日を過ごすことになってしまった今日この頃。
<あと10年頑張れるかも>
亡母の薬品店ー健康食品の店ーを3年前に継ぐことになったが病院勤務をしているので放っておいた。
けれど
やっぱり 母のみんなの健康のお手伝いがしたい、という想いと頑張りを伝えたいし残したい
そして
主人の死後 私が学んできた分子整合栄養学や薬膳のことなどを加えて伝えていきたいと思う様になった。
ではどうやって?                         Webのビジネスセミナーをいくつか受けたけれど
そのままで お金だけが…
<中途半端な自分だった>
 学生時代 よく通信添削のものを取っては取るだけになってしまったのに似ているー
子供の頃から勉強は中程度、そんなに賢くもないけれど少し負けず嫌いだった。                       
自分の学力より上の高校に運よく合格して奇跡的に薬学部に入り薬剤師になった。                
いつも自分の能力以上と思い劣等感をいつも持ってた。
地元に戻り父の「つて」ですんなりと病院薬剤師になった。結婚して出産を機に退職。薬剤師の友達が言った。 「仕事はずっと続けるものでしょ。」
母が言ってくれた運も学力のうち。その言葉だけが救いの一言。     
<優しくなれない自分>
お見合いで結婚して子供にも恵まれ幸せだった。            沢山一緒に旅行した。沢山気遣ってもらっていた。           学費にお金が必要になって調剤薬局のパート、主人の英語教室の小学生担当と忙しくしていた。主人の食生活には無頓着になり、優しい会話も無くなっていった。私が作る遅い夕食。朝は抜き、昼、夜食ははうどん、パン、コンビニ食の10年間。そして主人は大腸癌発覚から10ヶ月余りで亡くなった。悲しく、悔やんでも悔やみきれない、自分を許せない。
10年経ってやっと話せる主人の事  
食事のこと栄養のことをもっと知って気配りしていれば防げたかもしれない。   
人は食でできている    
<中途半端で終わられない>
なんとなく運で生きてきた
子育てしていくうち劣等感はなくなったけれど
主人への後悔はある。
だから母の想いと主人への想いを中途半端にできない。         
60才になって もがくのは しんどいけどー            
続けられるかな?て心配もあるけれど今受けているセミナーで 頑張って回収もしなきゃ!          
今の気持ちを忘れずに 書いておこう。      
 












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