最愛のビッチな妻が死んだ第46章 精神病院

  あげはの三回忌が過ぎた。あげはのお墓は結婚式を挙げる予定だった明治神宮の近くのお寺に埋葬した。墓石はまだない。

 加えて左腕の刺青も完成した。心残りがひとつずつ減ってゆく感じ。一区切り付いた。その猶予に自殺願望はそっと寄り添う。
 僕は去年末、自殺未遂で親に通報され、精神病院に3週間緊急入院した。睡眠薬と安定剤を100錠ほど飲み込み、各所にさよならのメッセージを入れた。これがよくなかった。心配した両親が通報し、僕は緊急隊員と警察官に囲まれて目が覚めた。
 まず最初に思ったことはバレるとヤバいブツがあること。キッチンには焼け焦げた試験管やパイプが無造作に転がっている。抜け作な警察官で助かった。そのまま、八王子の病院に緊急搬送され、一泊トイレ付きの独居房に泊まらされた。
 刑務所みたいだな。ガラス越しですべてが筒抜けの部屋に入れられて、そう思った。
「まだ死ぬ気はあるかい?」
「半々ですね。死ぬ気とメンドくさいけど、生きる気もあります」
 職員はいかに僕が死ぬ気があるかを懇々と尋ねる。ユルい眠剤しか処方されず、眠れない夜を越えて、次の日の朝がきた。
「北原さんを都知事の命令により、緊急措置入院とします」
 僕は本格的に精神病院へ入れられることになった。救急車で手足を拘束され、入院する病院へ運ばれた。車中、どこに運ばれるんだろうと呑気に考えていた。
 着いた先はいかにもな病院だった。かなりデカい病院らしかった。病気がバレてクビになった直後だったので、面接の予定を入れていた僕は一刻も早く退院して、就活がしたかった。
 当初、2.3日の検査入院かと思いきや、病院の担当医との話では早くても3週間から何ヶ月かかるという。けっこう絶望した。最初の1週間は本も漫画も読めず、ただひたすらに退屈との闘いだった。
 風呂も監視員が見守る中、みんなと入らなきゃいけないし、独居。まんま刑務所だった。1週間が過ぎ、テレビのあるホールに開放される時間が3時間ほどできた。ずっと独り言を言っている患者、同じ方向に歩き続け止まっている患者、ただひたすらにオヤツを食べてる患者…住所不定、無職、行き着くところがない人が多かった。
 唯一、話かけられて仲良くなったのは歯が一本もないオッチャンだった。彼とは決まってホール開放の時間に顔を合わせた。髪の色と刺青が目立っているらしく、外の自由を感じたと言っていた。彼は自由時間によくカップ焼きそばやお菓子などを食べていた。唯一の楽しみなのだろう、歯がないけど、歯茎が発達してるから何でも食べられると笑っていた。

「メシだけが楽しみだよ」 
よくそのオッチャンは張り出してある献立表を眺めて、メニューを吟味していた。僕が退院する時、彼を見かけなくなっていたけど、無事に出れたのだろうか。行く宛があったのだろうか。

 携帯ももちろん取り上げられ、電話は公衆電話のみ。人生で初めてテレホンカードを買った。一枚千円。唯一、外界とつながる手段だ。ここではシャンプーや歯磨き、ヒゲ剃りなど何をするにも購買所で買う必要がある。実家に電話して、とりあえずのお金を病院に振り込んでもらった。
 電話帳を見るふりをして、連絡が取れずに心配している友人にLINEを入れた。好きな人には限られた時間の中で電話をした。
 ただ、時間を持て余し、退屈だった。横山光輝の三国志を二回読むほどヒマだった。ヨガをやったり、筋トレをしたりしてヒマを潰したが、時計の針が5分しか進んでいないことも多かった。早く出るために緊急措置入院を違憲だとする不服申し立てや法テラスにも連絡した。

 毎日3回の食事は食べていたが、すべて隠れて吐いていた。担当の先生には「どうやったら早く退院できますか」しか聞かなかった。団体生活が苦手な僕は一刻も早く、外に出たかった。毎日、模範的な囚人を装った。
 囚人が残した本の中に「君の名は」があった。初めて読んだ。他にもブラックジャックやゴルゴ13や脈絡のない本が多かったが、ヒマが潰れればなんでもよかった。
 一回、バリカンで職員の人にモヒカンを剃ってもらった。職員はイカつい人が心なしか多かった気がする。

 2週間が経った時、父親が面会にきた。5.6年ぶりに会った。タバコが吸いたい、早く出たいと伝えた。父親は変わり果てた息子の姿に驚いていたようだった。
「お前、刺青を入れているのか…」
 そっから説明するのかよ、メンドくさいなと思った。
「お前の姿を見て、どんな女の子と付き合っていたのか想像がつくよ」
 父親は悲しそうな目をして言った。僕はあげはのことを悪く言われたようでイヤな気持ちになった。
「お母さんには刺青のこと、黙っててやるから」
 世間体と親の着眼点は似ている。僕はぼんやりと病院の天井を見つめていた。30分ほどの面会はすぐに終わり、どってことなかった。ただ、僕は携帯を触ったり、好きな人と自由にしゃべれる空間に戻りたかった。束縛されると自由を欲する、僕はまだ俗人だなと感じた。

 あまり、うまくない刺青が腕に入ってる人に話かけられた。
「いいスミ入ってますね」
 その人は何ヶ月も入院してる人だった。
「そのうち、ここの生活に慣れますよ」
 僕は慣れない笑顔で返したが、病院の生活に慣れる気はなかった。
 気の遠くなるような3週間が過ぎて、やっと退院が決まった。出る時に衣服のリース代として3万取られた、しっかりしてんなと思った。出てすぐにタバコを吸い、八王子の奥深くにある病院から家に帰った。病院の中で僕は誕生日も迎えた。クリスマス前には出られたが、最悪の誕生日だった。死ぬ気はまだあるかい?

退院直後。

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