最愛のビッチな妻が死んだ 最終章

2月14日

 僕が朝起きると、リビングのソファが全てひっくり返されており、キッチンの床にあげはが寝ていた。クスリとアイスを使った形跡があった。僕はこの時から、シャブを憎み、そして愛している。

 昨日からケンカをしていた僕たちは、その日に限って一緒に眠らなかった。

「風邪ひくよ」と僕はあげはに毛布を2枚かけた。

僕は仕事に行くためにシャワー浴びるために一階に降りた。10分くらいして、二階のキッチンに戻ると、あげははまだ同じ体勢だった。何か異常を感じた僕はあげはを抱き起こした。ぐったりとした変な身体の重みを感じた。すぐに救急車を呼んだ。

 まだ、この段階では事の重大さに気付いていない。あげはとの生活の中で救急車やパトカーには慣れっこになっており、その内のひとつだと言い聞かせていた。

 サイレンの中、慌ただしく救急隊員が3.4人やってきて、あげはを囲んだ。担架に乗せられたあげはとともに家を出た。救急車の中で救急隊員はあげはに心臓マッサージを始め、僕は正直、「オーバーだな」と思った。病院に到着し、ICUに運び込まれた。

 何分くらい経ったのだろうか、しばらくして、「中に入ってください」と言われ、「**時**分、ご臨終です」と告げられた。

 頭の中が真っ白になった。頭の中の真っ白と部屋の白い壁が一緒くたになり、ただ広がって行く。僕はただの白い空間にいた。よくドラマや映画で観る脳波を表わすグラフが「ツー」と一直線を描いていた記憶がある。

「は?」「なんで、ウソでしょ」

 言葉にならなかったが、そんなことを思っていた。しばらく、茫然自失となっていたが、フラついた足取りで病院の部屋から外へ出ると、壁にぶつかった。僕は何かを行動に移さなければいけない。精一杯、行動に移したくて、僕は震える手で携帯を出した。

「太一さんに伝えなきゃ……」

 1コール、2コール、3コール、そして相手は出てしまった。

「あの……朝起きたら、あげはが倒れてて、いまちょっと病院きててですね」

「そっか、大丈夫?」

「……いま、あげはの心臓が止まって、ご臨終だって」

「共輔、お前、ちょっと待って。ちょっと待って。お前、何言ってるん?」

「すいません。あげはが死んだって……言われて」

「ちょっと待って! ホンマに言うてんのか?」

「●●病院にいます。いますぐきてください」

 僕は混乱の中、電話を切り、その場にへたり込んだ。全部が終わったと思った。

 しばらくして、太一さんがきたが、何を話したかは覚えていない。病院に太一さんの悲痛な叫びが充満した。


 2人で家に帰り、警察の現場検証が行われた。もちろん、アイスやヤバいブツは隠した。検証が終わり、キッチンにしゃがみ込んでいると太一さんがこう言った。

「共輔、これからどうなるか、わからへんから、とりあえずコレ吸っとき」

 アイスだった。ここから、僕は道を踏み外した。それまでも、シャブはアブtたり、ポンプで入れたりしていたが、遊びだった。今回は違う。本気だった。

 

それから、警察の死体安置所へ行き、あげはと再会した。葬儀屋にも行った。葬儀は家でやることにした。葬儀代はプロミスだかアイフルで借りた。

 太一さんとあげはの棺桶に入れるバラを206本買った。

 できるだけ多くの人に電話し、あげはの死を伝えた。電話で伝えきれない人用にフェイスブックでも告知をした。その週末の2日間、通夜は行われ、まんべんなく人が訪れ、早朝や深夜、いつ人がくるかわからない状態だった。

 すでに僕は丸3日間、不眠不休で葬儀の準備から通夜まで務めている。結局、丸5日間眠らなかった。太一さんとあげはの棺を置く場所を一階の服の部屋に決め、片付けをした。クスリのサトちゃんやミルクちゃん、キキララ、あげはの好きだったもので部屋を埋め尽くした。会場となった家の一階はあげは一色に染められた。あげはも好きだった洋服・赤いタータンチェックのワンピースを着せた。僕たちも赤いタータンチェックの上着を着た。あげはが最期に行う式、湿っぽい式にはしたくなかった。派手な上着と裏腹に僕も太一さんも悲壮感漂いまくった顔、ハッキ言えば死にそうな顔をしていた。

 太一さんとあげはの遺影を選んだ。写真嫌いだった僕の大量の笑顔でいっぱいの写真ロールを見るのは苦痛な作業だったが、4枚選んだ。一枚に絞り込めなかったのだ。

 一枚はスマしたあげは、一枚はデレデレのあげは……。

「こんな顔見せられた共輔は幸せ者やで」

 太一さんがポソッと呟いた。

 司法解剖が行われたあげはの身体にはメスが入れられていたが、僕はあげはのキレイな身体に、刺青に傷が付いた姿を見たくなかった。見たら、何かがこぼれてしまうのが怖かった。見るわけにはいかなかった。

 通夜1日目は、どちらかと言うと僕の知り合いが多い日だった。真っ白い棺であげはが運ばれてきた。僕はまだ現実感がなく、ちょっと間、ボーッと運ばれてくる棺に見入っていた。先にきていた同僚が、何か僕に声をかけ、近くのスーパーでくる人用にとお菓子や飲み物を買ってきてくれた。僕はそこまで頭が回っていなかった。そこから、ひっきりなしにあげはを偲んだ人たちが訪れた。

 一階で受け付けて、あげはの顔を見て、拝んで帰る人も入れば、二階に立ち寄り、あげはの思い出話に花を咲かせる人も多かった。

 僕はいままで、あまりクラブなどで会っても、「あげはの友達」と会話に参加してこなかった。意識的には「あげはが女性の友達と話すことをよしとしなかったヤキモチ焼きの部分」と「人見知りの自分」が同居していたためだ。

 僕は何かいま、あげはで一つになっている関係がバラバラになってしまうのではないかという恐怖心に襲われ、とにかく話した。

 僕はなんだかすごく表面上はうまく、意味のない言葉を吐き、伝わるんだか伝わらない会話を訪れた人たちとした。

 あげはとの出逢いや一緒に入れていたタトゥ、生活のこと、僕が何の仕事をしているか初めて知った人も多かった。

 合間に僕は10年ぶりにタバコを吸った。間が持たなかったのである。近くにあるはずの灰皿がとても重く、そして遠くに感じた。おいしくはなかった。

 途中、トムさんとタバコを吸いながら、あげはとトムさんと一緒にライブへ行ったバースデイの曲を流した。感極まったトムさんが「もう、やめてください」と唸った。


「ちょっとあげはと2人きりにしてください」

 僕は充電が切れるとあげはと2人きりになる時間をもらった。涙は枯れなかった。眠っているようなあげはにキスをすると、いつもと決定的に違う「死の匂い」がした。死者の味。防腐剤だった。この時、僕は完全に壊れた。あげはの死を実感したからだ。

「太一さん、あげはから死の匂いが……」

 そっと肩を抱かれながらも、僕は泣きじゃくった。僕は初めてあげはの死を認識した。

 あげはの友達のマキコさんが「コレ」とあげはとのラインを見せてきた。内容は「いまでも週に5回も6回も抱かれる」みたいな内容だった。悲しいことに最後にあげはと性行為をしたのはSM嬢としてのプレイの一環、「ビジネスセックス」だったのが悔やまれる。あげはなりの自慢、もしくは純粋なノロケだったと思う。

 2日間に渡る通夜が終わりに差しかかると、一人また一人と訪問客が帰って行った。夕方、近くの火葬場に連れて行く予定だった。

 太一さんと何百本単位で買ったバラであげはを囲った。手を合わせてくれた人、一本一本入れてくれた献花のバラの残りで丁寧に飾っていった。きちんと200本以上のバラでつま先から頭まで着飾ったあげはを見て、太一さんは「お前はこんな時でも完璧な女やな」と言った。あつらえたように、キレイにバラの本数が飾り終える数と一致したからだ。

 太一さんは、僕とあげはの結婚指輪をあげはの薬指にはめた。

「これであげはは永遠に共輔、お前のもんや」

 僕はなんと答えるべきなのかわからず、ただ流れる涙を拭うことを忘れていた。唇を強く噛んでも、涙は止まらなかった。

 不思議な空間で僕と太一さんはあげはの寝顔を撮影した。不謹慎だが、二度と撮れないあげはを撮って置かなきゃと2人が思ったのである。

 残っていた数名で棺を霊柩車に運び、僕はトムさんと霊柩車に乗り込んだ。車中で僕はまた、バースデイの曲を流した。ドライブの際のテッパン曲だったから。特にライブで聴けたあげはのお気に入りの曲を流し続けた。一言も言葉を発せられないほど意気消沈しているトムさんと対照的に僕は話かけ続けた。

「また一緒にライブに行こうね」

 この時、僕は完全に死ぬ気だった。2人の合言葉であった「どちらかが死んだら、すぐに後を追うこと」を実践する気満々だったのだ。

 思ったよりも短い時間で目的地である火葬場に着いた。太一さんも車で後から付いてきていた。

 棺を火に入れる前、最後に僕はあげはに6回キスをした。

「すぐに逢えるよ」

 あげはを火葬に付している間、待合室で待っていると LSD入りの水が回ってきた。僕はなんとなく、あげはを汚してしまうのではないかと思い、お礼だけ伝えて、次の人に回した。

「僕は別のもの、あげはでキマっているんで大丈夫です」と伝えたかった。

 こんな時、シラフでいられない気持ちは痛いほどわかっていたが、ただ気が乗らなかっただけだ。

 火葬が終わり、骨を拾うことになった。あげはに付けてあげた結婚指輪が溶けてなくなっていたのはショックだったが、仕方がない。いまも僕の薬指にはあげはの婚約指輪と僕の結婚指輪が二連で付いている。

 ●●さん、●●さん、太一さん、トムさん、僕の5人で遺骨を集めた。ただ空々叱った。一緒に開けた舌ピ(僕の舌ピはあげはが15歳から付けていたものを外して、僕の舌に埋めてある)、タトゥ、ブリーチした髪、すべてはなくなったと感じた。

 これは双極性障害による発作的なODなのか、シャブとクスリの相乗作用による死なのか……僕とあげははそこまでの罪を犯したのか? 死は直面する。自問自答しながら、僕たちは骨をまとめ終わると定員オーバーの車で家路に着いた。LSDを喰っていない僕が必然的に運転手となったが、5日寝ていないため、フラフラだった。

 家に帰って僕はあげはの骨を食べた。周りは完全にドン引きしていた。骨はパサパサと口にまとわりつき、のどを大人しくなく、くぐった。

 トムさんから、「共輔さん、少しは寝ないと死にますよ」と言われて眠剤を大量服用して寝た。長い5日間だったが、やり切った感はあった。あとは僕が死ぬだけだ。僕の中でひとつの時代が終わった。


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