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デイサービス(リハビリ型)デビュー

Image by Olia Gozha

 母が衰弱してしまって慌てて受けた介護認定調査で、結果は要介護2と認定された。要支援から要介護へと段階が上がったことにより、地域包括センターのケアマネージャーは担当を外れ、区役所と契約する民間のケアマネージャーにバトンタッチされた。

 

 新しいケアマネージャーはすぐにケアプランの作成に取り掛かった。まずは要介護者の状況を確認し、必要なものが何なのかを洗いだした。要介護2になったことで、使える保険点数も格段に増えている。

 全日型のデイサービス利用によって思考能力を取り戻しつつある母だったが、足腰が弱ってヨロヨロし、歩行が困難になっていたので、まずは運動能力を回復させましょうということになった。

 医療制度も時代に合わせてどんどん変化し、高齢者介護の世界もめまぐるしく変わってきている。昔は、介護施設と言えば監視付きの場所に閉じ込めて、事故が起こらないように見守るだけのものだけだった。しかし今は、通所型、訪問型、施設型など、要介護者の状況に合わせて、色々と選ぶことが出来る。

 

 新しいケアマネージャーは、リハビリ型のデイサービスをいくつか紹介してくれた。リハビリ型のデイサービスは、ヨガ、太極拳、マシンジム、と、まるでフィットネスクラブのようだった。

 私は母の状態を考慮して、マシンジムタイプのデイサービスを選んだ。このマシンジムタイプは、大手IT企業が経営するサービスで、体操のおにいさん/おねえさんといった風な、若くて元気な体育会系のスタッフ達で運営されていた。

 契約してみたら、これが実にいい。

 デイサービスとしてイメージされる暗い雰囲気が全くない。フィットネスクラブさながらの、少しきつめの運動を行うので、利用者も楽しそうだ。もちろんこういったリハビリ型は、運動機能に重篤な問題を抱える介護度の高い高齢者は利用できないが、体を動かすことが出来る高齢者にとっては、緩めのカリキュラムよりも寧ろやりがいがあるらしい。この動作が出来たの出来ないの、利用者たちは楽しそうに談笑している。

 母もここをとても気に入り、嬉々としてお迎えの車を待つようになった。

 

 ここに通うようになってすぐに、母にお友達ができた。夕食の時などに楽しそうにそのお友達の話をする。新入りの母に彼女の方から声を掛けてきて、すぐに意気投合したらしい。実はその女性もアルツハイマーだったのだが、譫妄症状があり、かなり荒唐無稽な妄想上の身の上話を母に聞かせていた。例えば、自分は正式に演奏を習ったことはないが家にピアノがあるので、近所の子供たちを集めて弾き方を教えており、先日発表会をやってしまったとか、どれも前向きで面白い身の上話に仕上がっており、母はその妄想話を真に受け、毎回ケラケラ笑いながら二人で盛り上がっていたようだ。

  暫くすると、夕食時の母の話の中に、もう一人の人物が登場するようになった。

 それは母にとってかなり不思議に見える人だった。

 その男性は、運動がメインのデイサービスに参加するのに、しっかりネクタイを締めて三つ揃えのスーツをビシッと着こなし、ピカピカに磨いた革靴を履いてくる。インストラクターの号令に従って体を動かす利用者たちを、腕組みしたまま仏頂面でずっと睥睨している。お茶の時間になっても、彼を気遣って隣に座ってくる特定の男性利用者以外とは絶対に話をしない。

 もちろんこの男性もアルツハイマーである。

 家族から「会社へ行ってらっしゃい」と誤魔化されてデイサービスに送り出されているのだ。

 自分は会社に出勤したつもりなのに、主婦みたいなおばあさんたちと一緒に座らせられ、若造が体操の指示を出している。状況が呑み込めず、プライドもズタズタで、ただ仏頂面をして黙っているしかない。

 私はその男性のご家族が本当に気の毒になった。本人もつらいだろうが、介護者はもう地獄だろう。

 そして案の定、この男性はすぐにいなくなったそうだ。

 こういう男性は、自宅でもデイサービスでも老人ホームでも、誰の手にも負えずに持て余されることになる。

 プライドの高い彼には、もうこの地球上のどこにも居場所はない。

 

 ここでの運動のお蔭で母は見る見る体力を取り戻していった。ぺちゃんこになって皮が垂れていたお尻に肉がついて丸くなり、背骨が浮いていた背中に筋肉がついた。倒れそうなくらいヨロヨロ歩いていたのが、バランスをとって真っ直ぐ歩けるようになった。

 最初にできたお友達は、衰弱してきてついに来なくなった。

 母は、お陰様でまだ元気にこのサービスに通っている。

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