16人生の岐路 / 映画製作が嫌いになったわけ

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前編: 15人生の岐路 / 無駄な時間ばかり
後編: 17人生の岐路 / 規則を守れない大人たち
電車に揺られながら、大学二年生の思い出を振り返っていた。
これまで赤裸々に綴っていたけど、その方向性で大丈夫かなと不安になった。
映画製作については嫌いになったけど理由がしっかりあることを覚えておいてほしい。

正直、苦しかったし、逃げたかった。
けれども、学んだことは多かった。

では書いて行く。
ゼミ制作だけでなく、もう一つ、大きな出来事があったのだ。
記憶から抹消していたから思い出せなかっただけ。


〜二年生が始まる〜

ゼミの制作と北白川派。
この二本柱によって、映画製作が嫌いになった。
この二つを選択していなかったら、映画製作が嫌いにならなかったかもしれない。
人生はどう転ぶか分からないって実感した。

☆北白川派とは、大学の教授であり、現役の映画関係者である先生方と学生、そしてプロの俳優さんを御呼びし、映画を撮影するもの。俗にいうインターンシップである。ただ、俳優さん以外は大学関係者である。
ゼミ制作と北白川派。
2つともヘビーすぎて、どこから話していけば良いのか頭を整理するのにも時間が掛かりそうだが、箇条書きで記していこうと思う。

これから書く内容はあくまで私、個人の意見なので製作に関わった人が違うと言えば、そのように捉えてほしい。ちっぽけな私が見た小さな世界だ。

北白川派

まず、参加したことに後悔した。
仕事としてのやりがいは十分あったが、人間関係がどろどろすぎた。
ふと気を抜いた時に、いじめの悪夢が蘇ってきたのだ。
怖い…恐い…と暗闇の中を走り回っていた。
それに、裏であーだこーだ言う人がいた。

不安と要領の悪さに加え、びくびくする日々だった。
一方的にストレスがたまっていった。
面白い < つまらなかった。
相手に併せて、逃げることしか考えていなかった。

そして、事件は起きた。
当時、私は監督を務める先生から信用されていなかった。
ブラックリストに名前が挙がるような立ち位置。
その時はがむしゃらだったけど、心では諦めていた部分も多かった。
嫌われてるし、自分も嫌いだし、どうでも良いや…て。

先生からどうしようもないヤツと思われている時に、私は過ちをした。
寝坊をして、ロケハン兼建て込みに参加できなかったのだ。

撮影の前日は、夜中の0時まで大学で準備をしていた。

みんなの読んで良かった!