19人生の岐路 / 使えない人間

前編: 18人生の岐路 / レンアイ連鎖
後編: 20人生の岐路 / 100人100旅とは
3年生になると、自ずと就職活動を意識するようになった。
美大とは言え、キャリアデザインという就活全般を扱った授業があり、積極的に取った。
そう、3年生の大きな軸としては、
①就職活動
②ゼミ制作
③100人100旅 である。
どれも自分にとっては大切な日々…。
逃げ出したくなることもあったけど、逃げ出さなかったからこそ、今がある。

ただ、逃げ出したこともあった。
それは、上記には記していないアルバイトだ。
大学2年生では、祇園の旅館で仲居をした私だが、3年生では銀閣寺のカフェでホールスタッフをした。
アルバイトの決めては、家から近かったこと。
銀閣寺から家まで自転車で3分。
とても立地が良い場所に住んでいた。
大学時代の自慢でもある。
アルバイトはカフェのスタッフとして入ったが、店長(おばさん)との折り合いがあまり良くなく併設する京都料理のお店に移された。
この表記をすると、場所が特定されるかも…。
でも、私にとって、カフェより京都料理店のほうが合っていた。
お客さんの層は、30代以上の男女。
銀閣や哲学の道を見に来る観光客がほとんどだった。
忙しかったけど、観光客と京都の話をするのが楽しかった。
当時、自転車で京都市内を走り回っていたこともあり、おすすめのお寺や、桜が満開の場所など、自分の知っていることを披露するのが楽しくて仕方なかった。
たまにカフェの店長が視察するのが気にくわなかったけど…。
しっかり仕事をしているのに私だけケチをつけられるのが嫌だった。
だから挨拶をしなかったこともあった。
相当な生意気学生でした。

そして、事件は起きる。
この年は、東北の地震が起きた年であり、梅雨ときになると、例年とくらべものにならないほど観光客が減ったのだ。
日本人よりも、海外の観光客が…。
お店の売り上げは落ちる一方。
梅雨が重なり、その影響は大きなものだった。

私は週6でアルバイトに入っていたが、
6月になると、カフェの店長から「大橋さんは今月は来なくて良いわ」と言われた。
突然つきつけられた現実。
正直、何でですか?とは言わなかった。
そこまで深く考えていなかったからだ。
ただ、その後、気がついた。
私しか言われてない…と。
要するに、使えない人間ということだったんだ、てね。
京都料理で働くおばさんたちは「なに考えてるんだか」と店長のことを言っていた。
正直、嬉しかった。

アルバイトをした時のことを振り返ってみたら、初めから店長は私にだけ、いじわるをしていた。
特に興味もなく過ごしていたけど、改めて考えると、おかしな点がいくつも浮上した。
気がつかなかった私も悪いんだけど、平等に接してくれなかった店長を嫌いになったきっかけでもあった。

そして、私は決意した。
もう二度と、アルバイト先には行かないと、ね。

梅雨が過ぎ、忙しくなる夏。
店長から毎日のように電話があった。
来いということなんだろうと察してはいたが、一切、電話には出なかった。
途中から着信拒否をしたほどだ。

お店の経営はあるものの、
お客さんが来ない月は、1日もシフトを入れさせてくれないのに、
忙しくなったら毎日入れだと。

そういう考え方がすっごく嫌いだった。

私はアルバイト先に何も告げず、辞めた。
アルバイト代である2万円も取りに行かなかった。

このアルバイト先で得たものは、友人だった。
同じ学年の京大の女の子。
この1つだけ。
後は何も手元には残らなかった。
大っ嫌いな店長の顔が未だに出て来るのが本当に嫌だ。

こうして、私は3年生のスタートをきった。
大きな軸である3つの柱。
まずは、③100人100旅から話していこう。
この出逢いをきっかけに私は本を出版した。
詳しくは、次回で。


続きのストーリーはこちら!

20人生の岐路 / 100人100旅とは

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