21人生の岐路 / 歩いてばかりの旅

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前編: 20人生の岐路 / 100人100旅とは
後編: 22人生の岐路 / 初監督として
私の旅は、専ら家族旅行だ。
父が運転するキャンピングカーで、どこまでも行く。
幼稚園、小学校、中学校と、勉強よりも五感を養う事を徹底してくれた両親だった。
特に毎年行くキャンプは思い出深い。
家族5人で力を合わせてテントを張ったり、夜ごはんの魚を捕ったり。BBQに、石を組み立てキャンドル作り、満天の星空。
普段の生活では味わえない経験をたくさんさせてもらった。

旅が好きな理由は、両親のおかげだと思う。
小6の夏⇒北海道 / 初めての飛行機だった。祖母と妹2人と、いとこの家へ。
中3の春⇒ハワイ / 初めての海外旅行は家族そろって。
高3の春⇒沖縄 / 家族みんなで。美ら海水族館は良い思い出。
他にも、たくさんの場所に足を運び、その土地ならではの食事や文化に触れ合った。
これからもずっと両親には感謝していきたい。
今年の11月26日に控えた両親への贈り物に関しても、追々、書いて行きます。

さて、一人旅のことを。
大学3年生から、よく一人旅をするようになった。
ほとんど国内だけど、非常に濃い。
特に印象深い旅を乗せて行く。

直島

GW真っ盛りに突如、私は直島に行くことにした。
理由は予定が無くなり、平凡な日を過ごすのが嫌だったから。
すぐに宿の予約を入れたけど、1泊しか取れなかった。
取れただけでも奇跡だったのでホッと一安心。
4月29日
京都⇒宇野 始発の鈍行に乗り、宇野を目指す
スムーズに目的地に着いた瞬間、コンタクトの洗浄液を忘れた事に気づく。
直島にコンビニがないイメージだったので、船の時間が迫っている中、近くのショッピングモールに走る。
小雨に、ロングスカートの相性は最悪だった。
近くとは言え、全速力で10分は掛かった。
どうにか船の乗り場にたどり着き、切符を買い、慌てて船に乗る。
息を整え、優雅に船と自撮りをする落ち着き様。
ただ、私は宇野⇒直島ではなく、宇野⇒高松の船に乗ってしまったのだ。
14時の直島が、結局16時にたどり着くこととなる。

1泊2日の弾丸旅。
どうしても、今日中に直島銭湯と、ベネッセハウスミュージアムに行かねば、明日の予定が狂う。
一先ず、汗を流すために、直島銭湯。
1時間後、ベネッセハウスミュージアムに向かう。
直島に行くとは言え、何も調べていなかった。
観光協会で貰った地図を片手に歩いて向かうこととなる。
バスが出ている事さえ知らなかった。
誰とも擦れ違わない。民家を過ぎると山道。表記がない。
心細い。でも後には引けない。
その繰り返しで、ひたすら歩くと、やっとの想いでベネッセハウスミュージアムに到着。
閉館時間の1時間半前だった。
終わりの時間を気にしながらの鑑賞だったため、ほとんど記憶にない…。

そして、帰り道、私は助けられる。
街頭が1つもない道。
車も通らない。
自分の足下が一切、見えなかった。
自分がしっかりと道を歩いているのかさえ、確認できない状況だった。
携帯の懐中電灯のアプリをダウンロードしても無意味。
このままだったら私…
溢れる涙を堪えて立ち止まる。
引き返そうかと思ったけど、引き返す道すら見えない。
自分の目だけを信じ、僅かな望みをかけて走った。
自然の闇に飲み込まれる恐ろしさを知った。

その時、人影が私の視界に飛び込んできた。

性別も、人柄も分からない。
走った。
「怖いので途中まで一緒に歩いても良いですか」私はそう言った。
その人を確かめようとはしていない。
とにかく、1人でいるのが怖かったのだ。

話してみると、自分より2つ上の男性だった。
Jさんという。
驚きだったのはゲストハウスが同じだったこと。
Jさんは途中から自転車でしたが、私のために、ゲストハウスまで一緒に歩いてくれました。
直島はアートのまちですが、私にとっては人との出逢いのまちです。

1泊2日の旅は非常に濃かった。
ゲストハウスの方々と、夜も遅くまで飲んで、直島のまちを歩いたのが懐かしい。
騒いでいるアメリカ人達に混じって、野外でフィーバーしていたような…。
突然思い立った旅でしたが、私にとってかけがえのない旅となりました。

東海道

21歳を迎える数日前、私は京都→静岡まで歩く旅をした。
本当は自転車で下宿→地元の静岡まで走りたかった。
でもパンクを含め修理する術がなかったため、歩いていくことにした。

出発日は、生憎の台風だった。
親に「関西で猛烈な台風が来てるけど気をつけなよ」
と電話までされた中、私は「極力、外には出んようにする」と調子のいい事を言いながら、風に逆らうように歩いていた。
ビニール傘がすぐに壊れ、カッパに着替えたものの、すぐに濡れる。
足下のVANSスリッポンもぐちょぐちょ音を立てていた。
私を支えてくれる、今回のパートナーはVANSのスリッポンだった。
この靴が一番履き慣れていたからだ。

そして、京都から、大津までたどり着くと、大津駅の構内で一休憩。
冷房の風が濡れ切った私の体に当たって、とにかく寒かった。
体を冷やす前に、と瀬田まで黙々と歩く。
初日の宿泊場所は、高校の友人宅だった。
たどり着いた時の余裕は、翌日から一切、出なくなっていくのである…。

【2日目】
この日は、瀬田(滋賀)→関(三重県)だった。
その距離およそ、54Km。
寝ている友人には申し訳なかったが、早朝に出発させてもらった。

ここで、1つ。
旅をする人はどのように経路を考えているの?と聞かれるけど、私の場合は紙の地図を持ち歩く事はしません。
携帯のGoogle Mapのみ。
事前に何通りか経路を調べ、実際に歩く中で安全かつ最短のルートを見つけ、臨機応変に組み合わせています。
紙の地図は持ちませんが、自分で作成した地図は持ち歩きます。
と言っても、地図は書いていません。
◯◯の交差点が来たら右、その後の△△の交差点が来たら左、という文字だけで作った地図を持つようにしています。
携帯電話は迷った時だけの利用。
充電が無くなることが非常に怖いので…。

そう【2日目】…。
過酷でした。
筋肉痛と、足の裏にできた1つのマメ。
通常の歩くスペースでなかなか歩けない。
マメが潰れないように、歩き方を変えてみる。返って負担が大きくなる。

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