25人生の岐路 / 卒業制作の穴

前編: 24人生の岐路 / 自分はなにがしたいの?
後編: 26人生の岐路 / 就活の妥協
卒業制作の選択に後悔したと今でも思っている。
胸を張って頑張りましたとは言えない。
四年間の集大成がこの作品ですと言うのは恥ずかしいほどだ。
それなら三年生の時に作った『こおり鬼』を卒業制作としたいぐらい。
とても悔やまれることだ。
でも、卒業制作の選択肢をしたのは自分だ。
クレジットのスタッフにも自分の名前が明記されている。
自分はこの作品で卒業認定をもらったのだ。
今更つべこべ言っても仕方ないとは思っても、後悔だけが残る。

その後悔を綴っていく。

卒業制作が授業として始動したのは4月に入ってすぐ。
卒業制作の予算が決められるプレゼンが始まりだ。
各組が先生方の前でプレゼンをする。
その内容によって学科から予算が支給されるのだ。
多い組で8万円。
一様、スタッフの人数によって、1人1万×人数が配当となる。
ただ、良ければ予算は上がるし、内容があまり良くなければ予算は下がる。

その後、月に一度の授業があるだけだ。
授業と言っても、卒業制作ではなく、撮影が終わった後の観せるほうだ。
卒業制作展といわれるもの。

そのため、ほとんど自主的にスケジュールを組んで、撮影、編集、整音をされ、合評、卒業制作展となるのだ。
担当の先生と話し合いを行ったりもする。

私の組は、8人。
私以外は、男子。
特に気にする必要もなかった。

撮影のスケジュールとしては、
4月〜6月 脚本完成
7月〜8月 キャスト決定
8月〜10月 撮影
その後    編集
→完成という流れだった。

でも、あっという間にスケジュールは崩される。
脚本に関しては監督に任せっきりだった。
MもFも私も、とにかく就職活動に励んでおり、他のメンバーも監督に口出しする者はいなかった。
ただ、いっこうに脚本があがらず、ついにMと私は監督を呼び、話を聞いた。
Mは助監、そして私はプロデューサー。
監督は無言だった。もともと寡黙な人なのだ。
攻められると口を閉ざすのも特徴。
要するに、対人関係が苦手だとされる。
もうちょっと待ってくれ。
この言葉は、脚本に限らず、その後にも何度も聞く事となる。
私たちは監督に早くするよう、口を酸っぱくするほど言った。
ただ、監督の心には響かなかったようだ。

結局、脚本があがったのは7月の半ば。

その脚本をもとに、キャストオーディションを行った。
オーディションを受けてくれた方々に結果を通達しなければならないのに、監督がぐずぐずしていたため、通達日を過ぎ、関係者に迷惑をかけることになってしまった。
連絡のやり取りはすべて私が担っていたので、監督に対する怒りがどんどん増すようになっていくのであった。

さらに、撮影のスケジュールを組み、後は撮影だけだね、と助監と話をしていると、監督から脚本を大幅に変えると連絡を受け、キレた。
なんで今更…。怒りはおさまらなかった。
その上、キャストも変更という連絡。
ゼロからのスタートだ。すでに8月に入っている。

撮影自体に遅れが出て、私は焦った。
助監のMも怒りが沸き上がり、監督にすべての想いを告げたことにより、監督は、Mを助監からはずした。演出を今までMと話し合いをしていたが、今回の件で、Mには何も話さなくなったのだ。
するとMも意欲が作品に対する薄れて行く。

撮影も入れないし、キャストも決まらないし、脚本も上がらないし、スタッフ同士も喧嘩するし、で頭が痛い日々だった。
挙句の果てに、とてつもない厄介な出来事があり、監督に対する信用度はぐんぐん下がって行くのであった。

主演女優は、プロの女優がいい。

MTの時に監督は言った。
時期を考えろ。
全スタッフから言われていた。
もうすぐ夏休みも終わる。
単位が足りない人にとっては後期の授業が始まる。
この土壇場の中でキャストにこだわる時間はもうない。
それなのに、監督はこだわる。
東京の女優さんにアタックしたものの、玉砕となる。
監督自ら東京の事務所に行き、頼み込むこともあったが、結局ダメとなる。

完成する見込みがあるの?他のグループから冷たい目で見られる日々だった。
私としてはどうでも良かった。
完成して、単位がもらえれば。
厄介な出来事により、私はこの作品に関わりたくないと思ったのだ。
この出来事については口を開くことができない。
それほど面倒くさい問題が関わっている。

撮影が始まったのは、9月に入ってから。
キャストは学生と卒業生となった。
始まったということは終わりがある。
でも、撮り終わるとは到底思えなかった。
ちなみに、監督のことを色々書いてはいるが、監督を除いてはチームワークが抜群だった。話も盛り上がるし、ずっと笑いっぱなしだった。
外の撮影が多かったため、警察署や建物の所有者に許可を取りにいくのが大変だった。
撮影させていただいた旅館のオーナーさんに迷惑をかけることもあった。
とても怒っていたのが分かって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
怒濤の日々でした。

撮影の中で印象的な話。
金具がない
夜遅く、人里離れた高台にて、たくさんの照明をたいての撮影だった。
撮影が終わり、照明器具を車に積み込む際に、辺りが暗かったため、手持ちの照明を灯りがわりにつける。
灯りに群がるように、1匹の大きな蜂。
その蜂を追い返そうとMが照明を振り回す。
蜂がいなくなり、照明器具を車に積み込み、旅館に戻ってくる。
そして、次の撮影に入ろうとした時、照明器具の金具がないことに気づく。
絶対、あの高台だ…と誰もが思ったのだ。
金具は黒く、2センチほど。
見つからなかったら借りた人が弁償をするはめになる。数万ほど。学生からしたら高い。
その日は時間が遅く、旅館からも遠かったため、翌日、探しにいくことになりました。
【翌日】
車を運転してくれるFと、借りた子、そして私が高台に向かいました。
小さな金具。
見つかるか不安だった。
とにかく草むらに目をやり、一歩一歩進む。
非常に広い場所だったため、見つからない確率が圧倒的に高かった。
内心、無理なんじゃない…と思った、
その瞬間、
Fが片手を上にあげ、「あったー」と笑顔で言った。
彼は美男子と言われるほどである。
カッコ良すぎた。
機材を借りた子は飛びつくようにハグをした。
今でもその光景を思い出す。
Fに感謝しきれないです。

寝坊
金具がない日の撮影は、夜の1時まで続いた。
翌朝は4時に起床。
朝日を撮るためだ。
各自、撮影で流した汗をぬぐうためにお風呂に入り、寝た。
【翌朝】
助監のMが起こしにきた。
時計を見ると、6時…。
横で主演の女の子も寝ていた。
Mは「俺らもさっき起きたばかり」と。
誰もが寝坊をした。
朝日のシーンは別のカットに差し替えることとなった。
全員が寝坊をするという何とも言えぬ間抜けさは笑い話となった。

その他にも様々な物語があるが、話すときりがないので終わりにする。
結局、撮影が終わったのは11月頃。
とにかく長かった。
撮り直しも何度もした。
担当の先生からは気に食わないと言われることが多かった。
周りからの反応も怖かった。

他のグループは仲良し。集合写真も撮り、和気藹々としている。
正直、羨ましかった。
でも、自分は強がりだったのでそういう想いを閉じ込めていた。
卒業制作を機に友人との関わりも変わる。
積極的に関わらないようになっていくのだ。
自分が惨めだったから。

卒業制作展の準備に関しても、自分の担当部署をやるだけ。
自分からやりますとは言わないようになった。
卒業制作を観せるのが恥ずかしかったから。
自分の作品として胸を張りたくなかったから。

結局、卒業制作は合評で先生方の誰一人としてよかったという言葉はなかった。
すべてダメなほう。
卒業認定が貰えるのかと言った不安さえあった。

現に卒業できているため、単位は貰えた訳だが、未だに後悔は残っている。
友人と良い思い出はできた。
それだけを取ったら大丈夫。
でも、撮影が基盤なのは当たり前。
だから、私はダメである…。

私の卒業制作も、卒業制作展も不発と終わる。
楽しめなかった。

四年間の集大成。
親に胸を張ることも作品を観せることもできなかった。
いや、観せたくなかったのだ。
ごめん、と謝ることしかできない。

ただ、卒業制作以上に、親に謝る出来事が起きるのであった。

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26人生の岐路 / 就活の妥協

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