34人生の岐路 / さよならはすぐそこ

前編: 33人生の岐路 / 血だらけの顔
後編: 35人生の岐路 / 6人姉妹
2013年3月16日 京都造形芸術大学 芸術学部 映画学科 プロデュースコースを無事に卒業した。
偉大なる先生方の話は私の胸に響き、とても心地がよかった。
卒業の実感を噛み締めた。
その後は、各学科ごとに集合写真を撮り、担当教授から卒業証書を授与された。
寂しさはなかった。
むしろ清々しい気分。
授与が終わった後はみんなで写真撮影会。
わいわい。
がやがや。
私は一部の友人の写真に写り込み、足早に大学を出ることとなる。
ほとんどの写真に写ってないじゃーん!と後から言われた。
理由は、
トイレに行きたかったから。
引っ越しが3月18日にも関わらず、片付けが全然終わっていなかったから。
母が一緒になって引っ越しを手伝ってくれることになっていましたが、3月15日の時点で母の雷が落ちるほど目処が立っていなかった…。
卒業式の涙を拭いている暇はなかったのだ。
ただ、その夜、謝恩会があったので友人には会えるから大丈夫だろうと思って、写真もあまり撮らずに帰ったと思う。
家を出発するギリギリまで引っ越しの準備をし、謝恩会に向かう事となる。
謝恩会と言えば、
ホテルを予約して、いつもより背伸びしてドレスなんか着て…と想像するだろう。
私の専攻する学科は普通の飲み屋だった。
普段の服装に、謝恩会というより、飲み会みたいな感じだった。
でも、それがよかった。
自分達に合っているというか、そのまんま感が際立っていた。
私は早いスペースでビールを飲み、初版からベロンベロンの状態になったが、すべて記憶には残っている。(ネタですべて飛んだ…と言っているが、もちろん冗談である)
友人とはもちろん、先生方とお話した。
先生とは1対1でお話をし、四年間のお礼と、今後の進路を含め、熱く語った。
握手もかわした。
北白川派でさんざん迷惑をかけた先生とも和解をし、がっしり握手をした。
先生「大橋にはよく振り回されたな」
わたし「…はい」
先生「でも、就職が決まって良かった」
わたし「ありがとうございます!」
先生「なんかあったら頼れよ」
わたし「はい!」
先生「俺の連絡先、知ってるよな?」
わたし「知りません」
先生「…大橋って最後まで大橋だな」
苦笑いされました。
ちなみに連絡先は聞いてないです。
たぶん、酔っていて聞くのを忘れた。そんな理由です。
謝恩会はあっという間に幕を閉じました。
二次会のヤツはBar探偵で、と言われ、大半の人は行ったのかな?
ちなみにBar探偵というのは教授、林海象先生のお店です。
私も一瞬、足を運んだけど、このままじゃダメだ…と思って、一瞬で帰りました。
すべては引っ越しの準備が終わっていないということ。
なぜ、そんなにぐずぐずしていたのか。
マイペースだから、という理由だけではないです。
親が来る前日まで、1泊2日で東京ディズニーシーに友人と行っていたからです。
支度が終わっていないのに旅行…。さすがに怒るよね。
卒業式、謝恩会が終わっても、泣きながら夜まで母と片付けをしました。
親不孝です。
残念ながら、私はこの記事をあげる日まで大学の友人とは会っていません。
いや嘘をつきました。
実際は、3月28日に友人2人と中目黒で、4月3日に友人Sと京都で、以来、誰とも会っていません。
友人達が個々に集まって羨ましいなと思っていましたが、最近は、そんな感情もなくなりました。
もっと広い視野を見てこう、と。
…と、私は3月18日に引っ越しをしました。
簡単には行かなかった。
最後の最後で親の手を煩う。
契約を解除してないじゃん、とまあ怒られた。
その話を含め、次は東京生活だ!

続きのストーリーはこちら!

35人生の岐路 / 6人姉妹

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