32人生の岐路 / 溝の修復期間

前話: 31人生の岐路 / あとがない
次話: 33人生の岐路 / 血だらけの顔
☆33人生の岐路 /あとがない の先にこちらのストーリーをあげてしまいましたので訂正をしました。

企業から連絡が来たのは面接を受けてから1週間後のことだった。
採用結果というタイトル見た瞬間、体が硬直したよ。
メールを開くのにどんだけ時間がかかったことか…。
一息つき、二息つき、ゆっくりと目を開けると、採用の文字。
飛び跳ねた。
もう一度、東京に行くのかと思っていたから、さらに嬉しいと。
そう、決まったのだ!
今度こそ、本当に行きたいと心から思ったところ。
まずは両親に伝えなければならないところだが、恋人に伝えた。
とても喜んでくれて、心の支えとなってくれた恋人には感謝しきれなかった。
視界が涙でにじんだのだ。
翌日、急遽、実家に帰った。
自分の口で両親に報告をし、謝罪をしようと思ったからだ。
母「みきが帰って来ることはお父さんに伝えてないからね」
そう言われた。
当時、私の名前を父の前で言うだけでぶちキレていたらしい。
母も恐怖だったとのこと。
3週間ぶりの実家。
やけに冷たく感じた。
夜、仕事から帰ってきた父は私の姿を見るだけで、「お前はこの家のヤツじゃないだろ。帰れ」と怒鳴った。
正直、悔しかった。
涙があふれてきた。
謝ることをそっちのけで、逆ギレをしてしまった。
母や4つ下の妹に多大なる迷惑をかけてしまった。
その夜、気持ちを鎮めて父に謝りに言った。
部屋に入った瞬間、機嫌を悪そうに机を蹴る父。
殺気を感じた。
私だけだと話にならないと思った母が一緒に着いてきてくれたのだ。
そっぽを向く父。
母「話だけでも聞いてあげて」
父「こいつ誰。うちの子じゃない」
母が父の前で土下座をして、「お願いだから」と大粒の涙を流す。
立ち尽くす私。
父「早く言えよ」
私「ごめんなさい」
父「それだけか、早く帰れ」
母「他にもあるでしょ」
私「(号泣しながら)東京で仕事が決まった」
父「だから」
母「おめでとうぐらい言ったって良いじゃない」
父「別に」
私「ごめんなさい」
父「話が済んだら帰ってくれない。お前の家はここじゃないから」
私「お父さん…」
父「お前にお父さんて呼ばれる資格はない。俺もお前のことは名前で呼ばないから」
私「みきって呼んで」
父「お前のお父さんじゃないし。お前は大橋じゃない」
取り合えず、父の前にいるのが辛かった。
逃げ出したかった。
母が横で泣き崩れるのを見ているのがとにかく申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
翌日、早朝の新幹線で京都に帰ってきた。
実家にいると息がつまりそうだったから。
親子の絆が回復したのは、2月の終わりだった。
母が仲介となってくれたのだ。
さらに、3月3日に行われた卒業制作展を兼ねたツアーというので、実家にお便りが来て、父の方から「みきも誘えば」と母に言ったそうだ。
怒っていたものの、相当、心配してくれていたのだ。
最近、母が教えてくれた。
1ヶ月の間で見違える程、父と私の関係は修復していった。
父も気まずそうにしながらも話しかけてくれた。
ちなみに、京都→東京への引っ越しも、父と母のおかげでスムーズに終わった。
後日談だが。
絶縁期間の実家は相当、凄まじかったそうだ。
母が私を心配してメールを送っていたが、その様子を父が見つける度に怒鳴ったそうだ。
母は隠れて毎日のように泣いていたとのこと。
これは4つ下の妹から聞いた。
私が東京に行く、と決心した1月20日は最悪だったらしい。
父がずっと怒り、母に当たっていた。
さらに家が暗くなり、とばっちりが妹に行く。
当時、大学受験を控えた妹にとって、その状況は精神を不安定にさせるものだった。
妹が第一志望に落ちたらどうしようと思っていた。
3月に第一志望の広島大学に合格が決まったときは誰よりもガッツポーズをした。
仕事がようやく決まり、後は卒業式を来るのを待つだけとなった。
いや、その前にもうひと事件…事故が起きるのだ。
まさかね。
痛かった。

続きのストーリーはこちら!

33人生の岐路 / 血だらけの顔

著者の大橋 美紀さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。