2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その6 〜待つのが辛いんじゃない。何を待っているのか分からないのが辛いんだ。

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その6 〜待つのが辛いんじゃない。何を待っているのか分からないのが辛いんだ。

トイレを借りる為に避難所になっている体育館に入った。 
僕はそこで知った。外に出て僕らに笑顔を見せてくれたのは、ほんの一部の人たちに過ぎないということを。 
そこは、人に堪えられる限界ぎりぎりいっぱいの「疲労」と「倦怠」の見本市だった。 

乱れ髪を整えようともせず、虚ろな目で座り込む母親が居た。 
背中を丸めて、自分の汚れものを洗っているおじいさんが居た。 
大きなテレビに背を向け、耳を塞ぎ、懸命に眠りに落ちようとしている中年女性が居た。 
壁も仕切りも無い空間で、隙間風に吹かれながら、彼らは疲労に倦み、倦怠に疲れ果てていた。 

避難命令が解除されれば、この生活も終わる。 
だが、果たしてそんな日が来るのだろうか。 
仮に避難命令が解除されたとして、安心して家に帰ることが出来るのだろうか。 

待つのが辛いんじゃない。 
何を待っているのか分からないのが辛いんだ。 
僕はきっと、その辛さを知っている。 


「お前は一体、何を待ってるんだ?」 
その夜、宮城に向かう車の中で、Tが僕に訊いた。 
僕は少し考えて答えた。 

―カタストロフィって分かるか? 
「筋ジストロフィなら知ってる」 
―あるものに少しずつ変化を加えていくと、ある瞬間に突然変異を起こすことがある。 
 それをカタストロフィと言うんだ。 
「例えば?」 
―水を少しずつ冷やしていくと、0度になった瞬間に氷になる。 
 少しずつ変化したサナギが、春になった瞬間に蝶になる。 
(考えてみれば、今回の地震もカタストロフィだ) 
「なるほど。お前はそれを待っている?」 
―うん。自分自身のことを、さなぎだと思っているなんて、おめでたい話なのかもしれないけど。 
「俺なんか、自分のことを天使だと思ってるよ。よっぽどおめでたいな」 
―いや、Tは確実に天使だよ。 
「お前はさなぎじゃない。すでに蝶なんだってことを知った方がいい」 
―蝶?そうか、僕はもう蝶だったのか。 
「来ないよ」 
―え? 
「お前の待っているもの。それは待ってるだけじゃ絶対に来ない」 
―そうか・・・それを言われると辛いな。 

エンジンの調子の悪い屋台カーは、仙台北部道路を東に向かって走っていた。 
真正面から、カタストロフィが昇る。新しい一日が始まった。

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