2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その7 〜記憶してる。

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その7 〜記憶してる。

日曜日。晴れ。 

真っ二つに折れ曲がった電柱。大きく反った橋の手すり。土台が流されて丸見えになった杭。 
陸に乗り上げて破壊された漁船。流されてきたホース。穴の開いたパイプ。 
そこらじゅうに転がるアルミサッシ。割れたガラス。倒れて道をふさぐ大木。 
骨組みだけのビニールハウス。無人のまま急坂に乗り上げた軽トラック。 

高さ15メートルの津波に襲われた宮城県本吉郡南三陸町。 
突然現れた景色に、僕らは言葉を失った。 
そこは見渡す限り瓦礫の山。いや、瓦礫という言葉は使うべきではないのかもしれない。 
これらのモノには、ひとつひとつ、生きた人間の生活があったのだ。 

大きくへこんだ手漕ぎボート。原形を留めないくらいに潰れた軽自動車。切れてぶら下がった電線。 
水溜りと化した畑。根本からポッキリと折れて倒れた「地震があったら津波の用心」の石碑。 
歪んだ扉。むき出しになった階段。破壊されたコンクリート。 
窓が割れてまっ逆さまになったワゴン車。浸入した水の圧力で、内側から屋根が吹き飛んだ民家。 

助手席で黙り込んでいるTに、「今何を考えている?」と訊いた。 
「記憶してる」 
そうだ、僕らがいま目にしているのは、一生忘れてはならない光景だ。 

上下の判別がつかなくなったガードレール。後ろのドアがひしゃげてウィングのようになった自動車。 
穴が開いたまま海を見つめる石材屋のモアイ像。橋が流されて残った橋げた。 
斜めになって破壊されながら10メートル以上も流された巨大なSL。 
粉々になったテトラポット。持ち主の分からないウルトラマンのソフビ人形。 

あらゆるものがここにはあった。 
だが「当然あってしかるべきもの」が無かった。 
―――それは「死体」だ。 
本来この一帯には、夥しい数の死体があったはずだ。 

僕は死者のことを思い、そしてまた、自分を含めた残された者のことを思った。 
僕は彼らの死に「責任」を感じた。 
いや、僕のせいで地震や津波が起こったという意味ではない。 
残された者として、この生を精一杯全うしなければならない。
そういう意味で、僕は有責だった。 

壁が消滅してむき出しになった男子便所。元の形が想像できない漁業組合の建物。 
誰のものとも判別のつかない砂まみれの服。土に埋まったアルバム。 
もはや何の意味も為さない、津波到達予測地点を記した標識。 

僕が傲慢になるのは、この光景を忘れてしまった時だ。 
その時、僕はきっと下らないことでイライラしたり、感謝することを忘れたりするだろう。
いのちを粗末にしたり、自暴自棄になったりするだろう。 
それは死者に対する冒涜だ。すべての価値あるものへの裏切りだ。 

僕は一体、なぜ生き残ったのだろう。 
なぜ生かされているのだろう。 
僕にはきっと、天に与えられた使命があるはずだ。 

「天」?「天」って何だ?
「天」という言葉がまずければ、「神」でもいい。
「世間」でも、「共同幻想」でも、「超越的存在」でも、「上部構造」でも、「低エントロピー」でも、「宇宙的真理」でも、「コスモゾーン」でも、「生命の根源」でも、「トーテム」でも、「天皇」でも、「ブラフマン」でも、「父」でも、「愛」でもいい。 
同じものをいろんな言葉で呼んでるだけだ。 
とにかく、僕の上部にあって、僕を規定し、命令するもののことだ。地震や津波、その他ありとあらゆる手段を用いて、僕を罰するもののことだ。 

「それ」が、僕に使命を与えている。

僕は、すぐにでもそれを始めなければならない。もう、ただ待っているという訳にはいかないんだ。 

ぐにゃぐにゃに曲がって錆びた鉄骨。倒れて穴の開いた看板。外壁が流されて残った鉄筋。 
足元が大きくえぐられたプレハブ住宅。横倒しになった室外機。釘がむき出しになった柱。 
ぺちゃんこになったドラム缶。燃えカスになった消火器。裏返しになったゴムタイヤ。 

僕らは言葉を失ったまま、避難所である「志津川自然の家」へ向かった。 

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