2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その9 〜だいじょうぶ、睡眠なら先週の木曜にとった。

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その9 〜だいじょうぶ、睡眠なら先週の木曜にとった。

油にネギをのせて、熱々のスープをかける。 
茹で上がった麺を入れ、それを箸で整える。 
野菜とチャーシュー、メンマをのせて出来上がり。 
この旅最後のラーメンを作り終えて、僕はやっと一息ついた。 

日中は汗ばむくらいの陽気だったが、日が傾くと急に温度が下がる。 
やはり東北なんだな。 

解体されたマグロが僕らにも振る舞われたので、巨大な頭部を網で焼いてつついた。 
避難所の奥様方があら汁を用意してくれたので、それもご馳走になる。 

炊き出しに行ったのに、ご馳走になって帰ってくるなんて、意味が無い? 
いや、これは愛の交換なのだ。 
ボールを独り占めしようとする人には、決してパスが回ってこないサッカーに似て、 欲しいものは、与えることによってしか手に入らない。 
僕は心地好い疲労の中で、永遠の愛のサイクルの中に身を置いているのを感じ、満足した。 

片付けをして、ゴミを荷台に積み込み、再びハンドルを握る。 
メンバーが口々に「全然寝てないけどだいじょうぶ?眠くない?」と声を掛けてくれる。 
僕は「だいじょうぶ、睡眠なら先週の木曜にとった」と嘯いた。 

避難所には水道が無いので、沢水を汲んでいる民家にお邪魔し、巨大な寸胴、鍋、バット、水切りなど油だらけになった調理器具を洗った。 
余った食材は次のグループに託し、僕らはやっと帰途についた。 

辺りはすでに真っ暗。 
だがもう時間の感覚が麻痺していた。 


帰り道、助手席のTとは、また同じ話をしていた。 
―――「愛の実現した世界」についてだ。 

Tは物心ついた瞬間から、 
そのような完璧な世界が確かに存在することを直感していたと言う。 
その幼い愛で、父親を救ってあげたいと考えていたそうだ。 

彼にとって、それ以外のことは殆ど意味を為さない。 
お金や学歴、地位、名誉、容貌、贅沢、安定・・・。 
そういう、愛の悦びとあまり相関性の無いものについては、彼の興味の外にあった。 

この震災以降、一体何が本当に大切なものなのか、はっきりしてきたように感じる。 
僕もそういう本質的ではない世俗的な価値観に、 いかに振り回され、いかに傷付けられて来たかを知った。 
僕は一体、何というつまらないことに心を惑わされてきたのだろう。 
Tが4歳の時に気付いていたことに、僕は四半世紀遅れて気付いたのだ。 
自分の鈍感さ、頭の悪さ、愚かさに唖然となる。 

お陰でひどく遠回りをしてしまったが、やっとスタートラインに立った気がする。 
きっと無駄ではなかったのだ。

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