2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ 完結編

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ 完結編

それは、大津波に襲われた後の、悲しみの町の風景だった。 
僕が実際に見たのと同じように、見渡す限りのカオスだった。 
ひとつだけ違うのは、そこには夥しい数の死体が転がっていたことだ。 
暖かい死体はしかし、全く不気味ではなかった。死体たちは、全てを許していた。 
波は静かに足元を洗っている。 

いつの間にか、瓦礫の山は女性の身体にすり変わっていた。 
白く柔らかな脂肪に富み、甘い香りのする、美しい身体だ。 
僕はその身体を抱き寄せる。 
僕の身体に、無数の死体が乗り移ってくるのに気が付く。 
女と僕との交接は、そのまま大地と夥しい死体たちとの饗宴となった。 

遠くに聴こえていたトランス・ミュージックが、徐々に僕らの周りを取り囲む。 
漫画のような顔をした髭のDJと、そのコアなファンたち。 
最前列の野球選手のような尻を持った貪欲な観客たちは、ただ機械的、能率的に酩酊を欲していた。 
DJの方も自ら薬剤師であることを認じていて、カチョーでも、向精神薬でも、放射性物質でも、求められるものすべてをDJミキサーで調合した。 

僕はそのリズムに合わせ、あらゆる技巧を駆使して、女の身体を貪り、執拗に快楽を求めた。 
だが耳の裏で「そんなの、愛とはなんの関係もない」という囁きが聞こえる。 
それでも僕は、快楽を追い求める以外にどうしたらいいのか分からず、死体たちの求めるままに身体を動かし続けた。 

やがて僕は、へその下から、快楽の萌芽を見付け出す。 
それはアルビノのネズミのようなピンク色をしていて、山百合のおしべをもっと小さくしたような形をしていた。 
はじめは鈍く濁っていたそれも、丁寧に磨いていくことで幼い輝きを増す。 
そして白い宇宙が、僕たちの身体を包み込む。 
瓦礫の山、数々の死体、屋台カー 
―――全ての死せる者たちは溶けて混ざり合い、 東の空から物凄い音を立てて昇っていった。 
それは新しいカタストロフィの始まりだった。 

―――――――――。 
――――――。 
―――。 

目が覚めると車は高円寺に着いていた。時刻は朝の6時過ぎだ。 
僕は慌ててTを起こし、荷物をまとめて車を降りた。 
口の中でモゴモゴと「お世話になりました」とか、「お疲れ様でした」とか呟いた。 
これから一度家に帰って、そのまま会社に行かなくてはならない。 
一体、どこからどこまでが夢だったのか、ハッキリしなかった。 


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そろそろ結語めいたことを書かねばなるまい。 

僕が訪れたのは「恐怖がそのまま日常になってしまった街(南相馬市)」と、「悲しみがそのまま風景になってしまった町(南三陸町)」であった。 

だが、これは決して東北特有の現象ではない。 
この震災以前から、日本中、世界中がそうだったのだ。 
濃淡が異なるだけで、世界は恐怖と悲しみに満ち満ちていた。
この震災によって、それがよりはっきりと、目に見える形になっただけだ。 
それがいいことなのか、悪いことなのか、僕には分からない。 


福島第一原子力発電所から漏れ出た汚染物質は、今も風にのって世界中に運ばれている。 

これらの物質は、不安定な原子構造を持っているために、放射線を出しながら、別の安定性の高い原子へ変化しようとする。 

「恐怖」や「悲しみ」も同じだ。 
不安定な性質を持っているが故に、負の波を発する。 
種類によってその期間は異なるが、半減期が存在する。 

プルトニウム239の持つ、2万4千年の恐怖。 
ウラン238の抱える、45億年の悲しみ。 

「半減期」という言葉が示すように、それは決してゼロにはならない。 
だが逆に言えば、どのような「恐怖」や「悲しみ」も、時間が経てば半減するのだ。 

これを絶望と呼ぶのか、希望と呼ぶのか、僕には分からない。 

恐怖の中にも安らぎがあり、悲しみの中にも悦びがあるという、 ただ当たり前のことを知っただけだ。 

<2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ・完>

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