むかしからいまへつながる線

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僕は7年前、憧れの大学の門をたたくことができた。
親父も通っていた大学。小さいころから箱根駅伝で見ていたこともあったのだろう。
僕は1年間の浪人の末、早稲田大学 人間科学部に進学した。
本当に努力したし、あそこまで自分をストイックに追い込んだことはないような気がする。笑
とはいえ、実は第一志望の学部に合格したわけでは無かった。
当時の第一志望は早稲田大学 スポーツ科学部。僕は、スポーツがもっと日本に文化として根付いて行ってほしい、そういうことをシゴトにしたい。そんな思いがあってスポーツ科学部に入りたかったのだ。
…だけど、もう限界だったのだ。受験勉強が。
自分の中では、もうやりきったのだった。
同じキャンパスだし、授業もスポーツ科学部のものが取れる(一部ね)。そしてなにより、もう1浪は嫌だったから、進学を決めた。
その時の夢、と言えばいくつかあったが
・スポーツトレーナー(イチローとかのパーソナルトレーナー!笑)
・スポーツクラブの経営
・サッカー関連の仕事をする
だいたいこんな感じ。
まあ、こんな感じで、夢や希望にあふれつつも、大学生活が始まった。
ちなみに、僕の同級生にはいまや影も形もない、ハンカチ王子こと斎藤佑樹、「サァーッ!」でおなじみの福原愛、などなど、スポーツ選手もいたりしたんです。はい。
とりあえず、入学から少しずつ思い出を振り返ってみたいと思う。
入学式の日、僕はドキドキしながら、憧れの早稲田大学の正門をくぐった。
入学式の日は、お祭りだ。2年生以降になったらそれはより強く思うんだけど、1年生の時には、警戒しすぎてあんまり楽しめなかったな。笑
そう、早稲田ってこんな感じなんです↓↓

こんな感じ。人がいすぎて、空いてるスペースにサークルのチラシを放り込まれるわ、新入生じゃなくてお母さんにも話しかける学生がいるわ、パントマイム集団がいるわ

とにかくカオス。。。
とはいえ、このカオスさが早稲田なのだ。
そんなことを思うようになったのは2年生になって、新歓をする立場になってからだけれど。(いろんな方にむちゃくちゃな絡みをしましたごめんなさい。笑)

………さて、少し話が逸れてしまったのでもとに戻そう。
スポーツに関わる仕事がしたい!
そんな思いを持っていた僕だったがそう思ったのには少し訳がある。
・自分自身は怪我が多く、スタミナもなかった。だからそうした状況をどうやったら改善できるのかを知りたかった。だからスポーツトレーナーとして知識をつけたいと思った。
・高校生の時、高校サッカー部の練習に行ったが、あまりにも自分と合わない特殊な指導者だったために退部。しかし、部活を辞めると、途端にサッカーをする場所がすくなくなってしまうことに気が付く。そんなことがきっかけで、日本にはサッカーをする環境(ハード面、ソフト面)がまだまだ足りないのだと感じた。そうした経験から、一人でも多くの人がサッカーを心の底から楽しみ、ブラジルやヨーロッパのように生活の中にサッカーがあり、誰もがそれをすることが出来る環境づくりをしたいと思った。
ざっとこんな感じである。
つまりは、負の出来事や感情から、自分がやってみたい!と思うことを設定していたのだ。でも、それは悪いことだとは思わない。先ず、あーだこーだと考える前には行動が必要なのだから。
そんなわけで、自分なりにスポーツ科学部の授業をとったり、某プロサッカークラブへのインターンをしてみたり、アルバイトも接骨院でやってみようとしたり、出来ることは少しずつ取り組んでいった。
でも何だか、それだけでは全然将来のイメージが出来なくて、何だか色々めんどくさくなって授業もサボるようになり、バイトもありがちな飲食店のホールをやるようになった。サークルは2つ入っていて、どちらも自分なりには真剣に楽しくやっている。そんな普通な大学生生活を送ることになる。
それはそれで楽しかったし、ここのブラブラしている時間を、色んな「体験」にあてていれば、もっと人生楽しかったんじゃないかと思ったりもするんだけど、まあ過去を振り返っても仕方ないよね…。笑
まあ、そんなこんなで月日は流れて僕は3年生となり、就職活動の時期を迎えることとなった。
そこで僕は周りのみんなが
「あそこの説明会いった?」
「就活で忙しいんだよね最近!」

みんなの読んで良かった!