亡くなった恋人の部屋で、小沢健二の『ラブリー』を見つけた話


「それは台所の音のように たしかな時を遠く照らす」(『神秘的』- 小沢健二)|


生の意味を知るような濃密で幸福な時間は、おどろくほどあっという間に過ぎ去ってしまう。幸福な日々を見送ったあと、そのあとの毎日に私たちができることは何か。

――ひとつの答えは「ふたたびその訪れがくると信じ、待つこと」だ。


「『待つ』ことは、『希望』につながっている」。2012年の春、新宿のオペラシティで小沢健二はそう言った。南米に長らく住んだ小沢は言う、スペイン語で「待つ」は「エスペラール」、「希望」は「エスペランサ」。ねえ、似てるでしょ、と。 


「人は希望があるから待ち、待つ人の心には希望が宿っているはずだ。(僕たちのつくる)音楽は生活に必須ではない。それでも、ふたたび訪れる愛おしい時間を信じて待つ人を支えることくらいは、音楽にできるのではないか」。そう、彼は言った。


私は、ひさしぶりに10年前を思い出す。



遺されたものに触れたのは、49日を終えた初夏の午後。


遺品の整理をお願いしたいと告げられて、これらは遺品などではないと言いつのった私は若かったのだと思う。

しかし両親とひどく疎遠であった彼の荷物はほかに受け取り手もなく、大家との幾度かのやりとりののち、私がそこに向かったのは49日を終えてからだった。

JRを京橋で京阪本線に乗り継ぐ。出町柳の駅を降り、古びたケーキ屋を過ぎて鴨川を渡る。風は強く、流れる雲間から刺す6月の太陽に目を覆う。「マンションっていうかアパートやんな」「アパートっていうかハイツやん」。乱暴に回せばすぐ外れるから鍵はいらないねと笑ったドアノブを回して、軽くて薄い木のドアを引く。変わらず殺風景で変わらず日当たりがよくて変わらずベランダには猫の足跡。

干上がった猫の水飲み椀を満たしてから、部屋を見渡す。襖の外された押入れのなかには数えられる程度の服、申し訳程度の立方体の冷蔵庫、年期の入った机に椅子、CDと小さなコンポ、そして本棚。壁面を覆うこの大型の木製棚には圧倒的な量の書籍が整然と並んでいて、部屋のなかでそこだけ密度が高くて苦笑する。執着なかったもんね、本以外には。でもごめん、明日、烏丸の古本屋のおじさんに来てもらうよう言ってあるんだ。それまでに1冊だけ選ぶね、それだけ、私にちょうだい。


快晴だったのに網戸にした窓から雨の匂いがして、6畳の京間が薄雲る。


音楽が必要な気がした。本棚の片隅に11枚、ジャンルでなく色彩別に並べられたCDを、右端から1枚ずつコンポに入れる。黒から紺、青からエンジ。それは8枚目にあった。


イントロが流れて、その「苛烈な幸福度」に、全身が毛羽立った。なぜこの歌い手は、この音は、こんなに過剰に幸福そうなのか。これは、この曲は「幸福過ぎる」。ちがう、いやだ、ききたくない、わたしが失ったあの幸福はもう戻せない、ききたくない、ききたくない。

それでもコンポの電源OFFボタンに手をかけたまま私はそれを押せなかった。ギターとクラップ、追い打つ華やかな管楽器、恋に落ちたとあの人ははしゃぐ――


そして私は唐突に気づいた、そんな気がした。

この曲は過ぎ去った時間を歌っているのだ、そう思った。


この曲は知っていた。よく聞いてもいた。

ただ、この曲がアッパーでポップで愛を歌いあげているのになぜ圧倒的な切なさが呼び起こされていたのか、この多幸感はなんだったのか、合点がいった気がした。歌われていたのは、幸福な日々のどうしようもない美しさと、それがいつか失われるものであるという諦観、そしてきたるべき祈りの時間なのだと、19歳の私は思った。



それでも物語は続く。


思い起こされるあまたに押しつぶされそうだった三条京阪も歩けるようになったし、去年なんて写真だって整理した。

今日も日は昇って、空は晴れていて、桜は順当に緑を噴いて。朝はいつもどおりお味噌汁をつくったし、昼下がりには美味しいコーヒーを飲んで、夜には愛しい人の頬にも触れた。私は今日も生きている。

大仰なことは言いたくない。生や死の意味を知っただとか、あの人のぶんまで生きていくだとか。

私が知ったのは、すべての脳の機能がうしなわれたあとでもまだ、血が通っていたあなたの手のあたたかさだけだ。


ただ、私は確かにあなたを覚えているよ、と。

美しい名をもつ人の命日によせて


April 13, 2012

小沢健二 - ラブリー

http://www.youtube.com/watch?v=_d-E6RuBhDQ

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