宮崎の片田舎で育った少年が、旅行事業で世界を目指しているたった1つの理由。

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「ガシャン」
手元を見ると、両手に手錠がかかっていました。
南米・ベネズエラで、私は頭のなかがふっと真っ白になりました。
すぐに、混乱、悔しさ、絶望といった感情の波が押し寄せてきました。
ある都市のバスターミナルの中のトイレから出てきた警官と、手錠をかけられて両手を引っ張られるアジア人。
こちらに気づき、寄せられる好奇心の眼差し。
次に私の心を襲ったのは、自分の力の儚さ、無知、情けなさ、危機感、そしてこいつ!この警官にたいする怒り。
「このままだと、絶対に拘留される。」
できることは、覚えたてのスペイン語で力の限り叫ぶことくらいでした。
「俺はやってない!ふざけるな!」
「嵌められた!ここでもう一度調べてみろ!」
ターミナルの待合室に設置されているテレビには〈21世紀の社会主義〉を提唱する、ベネズエラのカリスマ・チャベス大統領が演説をする姿が映っていました。
東京の新聞でチャベス大統領を知り、この人が目指す新しい社会を学びにベネズエラを訪れたはずなのに・・・。
こんな社会なんてクソだ!
気がつくと、バスターミナルにいる200人程のベネズエラ人はみんな私を見つめていました。
・・・・・・・・・・・・・・・
はじめまして、甲斐考太郎と申します。
今回は、なぜ私がOrange Inc.という旅行会社を起業して、どうしてわざわざ世界に通用する旅行サービスを作ろうとしているかについて、筆を執らせていただきました。
この想いには、私がこれまでの旅で感じたことがたくさん詰まっています。

■宮崎から上京、そして海外旅行へ

私は18歳まで九州の宮崎県で育ちました。
小学校を卒業してから高校生までの6年間は、宮崎の中でも秘境と言われるほどの山の中で過ごし、みるみる田舎の少年として頭角を発揮していました。
休日は川で泳ぐか、山に登るか、マウンテンバイクであちらこちらを探検。
自然の懐深さに育てられたと思います。
一方で、この宮崎という社会の狭さがとても窮屈でした。
『龍馬がゆく』を読んでは「俺もでっかい男になる!脱藩だ!」と大志を燃やし、『深夜特急』を読んでは「世界をこの目で見てみたい!」と海外へ憧憬し、『讀売新聞』を読んでは「俺も早く東京で、世界で活躍するんだ!」と息巻いていました。
将来の夢はいくつかありましたが、大学進学を検討する頃には政治家を目指すようになりました。
そのためにも、まずは世界を知ることがとても重要だと感じ、大学進学か海外放浪に出るか数ヶ月悩んで親や先生を振り回していた時期もありました。
「早く宮崎を出たい!東京だ!世界だ!」といつも考えていたように思います。
結局は、母や親戚、先生の説得により、「そうか、大学生でも旅には出れるのか」と納得し東京の大学に進学しました。
上京して有楽町駅に降りたとき、高層ビルがにょきにょき生えているのを見て、「すげ、、森の杉の木よりでかい・・・」と驚いたのを覚えています。

■旅の魅力と可能性にどんどん惹き込まれる

旅に出ることが大学進学の大きな理由の1つであった私は、大学1年生から当然のように旅の計画を始めました。
初めて1人で旅した海外はタイ。
美しく鮮やかに、水上ボート詐欺にひっかかりました。
チャオプラヤ川の上で、宮崎弁で喧嘩するという貴重な経験を積んだり、男性にナンパやセクハラをされながら、旅の醍醐味と魅力をどんどん知っていきました。

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