2013年10月に中国の鉄道の中で考えた事。

10月はほとんど上海にはいなかった。
30歳一人旅だった。
中国のGWである国慶節には上海から西安へ。そしてさらに北京へ。
下旬には2週間ほど湖南省へ。
上海に住み始めた頃は、
僕は上海は知っているけど、中国を知らないと感じていた。
それだけ中国という国は大きい。
今の時代、ネットで検索をすれば情報も写真も手に入る。
しかしながら、それではホンモノではないような気がした。
特に中国に住んでいれば、否が応でも中国について聞かれることが多くなる。
そういう時に、偽りなく自分の言葉で中国のリアルを伝えたいという使命感がある。
さらにはパソコンのディスプレイではなく自分の目でリアルな中国を見たいし、自分の手でカメラに収めたい。
だからこそ上海以外の都市を訪問してリアルを体感し思考しすることで、
リアルな中国という大きな大陸を体感できればと思った。
今回の旅もそうだった。
中国人の儒教の精神を感じる機会が多かった。
たまに混乱するときがあるのだ。
ホスピタリティ溢れる中国人に会った時、礼儀正しい中国人に会った時。。
これは日本人の、僕自身の中国人へのステレオタイプとのギャップが大きいときだ。
中国人は並ばない、中国人はうるさい、中国人は自己中心的、中国人は、、、
そもそも多民族国家、多文化である中国を表面的に一つのカテゴリーにする事は難しい。
もともと中国人は儒教の精神を軸としていた。
しかしながら毛沢東がリードした文化大革命。
この時に儒教は否定されることになった。
その他にも、歴史的には大陸内での争い、上海で言えば租界時代も。
否が応でも交渉力、自己保身、自己中心的な思想も持ち合わさざるを得なかったと言える。
日本ではこの自己中心的な面だけを捉えがちである。
現実は異なる。
しかしながら気を付けなければいけないのは、上記のような理由から交渉能力に長けているのも中国人である。
あなたの為と言いながら実は自分の良い条件にしようとしていることもあるからすべてを鵜呑みにしてはいけない。
ただ、中国人を悪とする一辺倒な考えは、あまりにもバランスに欠けている。
例えば、上海でも良く見られるが、年配の方に席を譲る。
カップルで女の子が男の膝の上に座ってまでおじいさんに席を譲る。
僕がホテルの場所が分からなくて、道を訪ねるとその人自身も場所をわからない。蔑ろにせず知り合いにまで場所を聞いてくれる。
特に言葉が話せるようになっている分、真実が見えやすい。
僕は上海に来たばかりの頃に、言葉が話せるようになって、もっと真実の中国をみたいという思いがあった。
まさにそれが現実化した旅でもあった。
もちろん手前味噌だが中国慣れしているからこそでもある。
中国の慣習をベースにしているからこそ、今回の中国のGWである国慶節の旅ができたと思う。
本当にどこに行っても人が多い。
先手必勝で毎日am5時に行動。それでも人でごった返し。
誰かが言っていた。中国には人だけは間違いなくいると。
本当にそうだなと思った。
旅には新しい発見がある。旅は否が応でも自分と向き合う時間となる。
決断しなければ、行動しなければ、旅は進まない。
過去、現在、将来の自分が思考の中で交差する。
人間はDNA的に旅することが組み込まれているのかもしれない。
そこには発見するという、つまり変化がある。
人生とは旅することかもしれない。
旅とは発見である。発見とは変化である。
つまり人生とは変化なのかもしれない。
安定を求める人生にも変化があるはず。例えば結婚、マイホーム購入だったり。
この変化があるから人生は充実する。
人生とは変化。
変化をするためには今まで以上に行動すること、今までとは違う決断や行動をすること、新しい人と出会うこと、新しい場所に訪れること。
1年後に変化していたければ、今までと異なる意思決定が必要だ。
変化することで充実するし、それこそが人生の本質のひとつなのではないだろうか。
変わらないこともある。それこそが人の素質と言われるものなのだろう。
素質を理解することで自分自身をコントロールしやすくなるし、変化するスピードを上げる事も可能にできる。
一生旅をしていたい。一生変化し続けたい。

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