私が表現者を目指した訳

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私はもともと、表現とは全く無縁の生活をしていたんです。
実家が塗装業をやっていて、祖父の代からの”ペンキ屋” というやつです。
父もそれの影響を受けてか、1級建築士の資格を取得後、最終的に家業をつぎました。

そんな手に職をつけろという家系で、しかも長男というポジション。
必然的に自分も手に職をつけようと考えました。

中学校の時点で一般教科の成績の悪さを自分でも痛感し、
その時興味のあったPCのプログラミングをやりたいと思って情報処理を専行できる高校へ進学しました。
その選択は良い方向へ進み”一般教科以外の成績”は良い方でした。

ですが、やはりそれも長続きはしませんでした。
PCの前にいることが苦痛になりだしたのです。
それは視神経の疲れから、頭痛が慢性的に発生するようになってしまったのです。
PCは嫌いではなかったし、むしろ未来を感じることができたのですが、当時SEを続ける自信はなく、身体を動かす何かはないかと、機械に興味があったので、整備士の専門学校へ
そこはある意味で自分の天職だったのかもしれません。好きなものだらけでしたから、当時まだ3DCADのCATIAが認知され始めの時期にCATIAに触れることもでき、情報処理で培った技術も使うことができたのです。
勉強熱心に研究を続けていたこともあり、就職先はいくつかありました。


ですが、私はその全ての就職先を選ぶことはありませんでした。

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私が表現者になった訳 2

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