結婚25年記念

36人生の岐路 / はじめての夜は、しばしお待ちを。
リアルタイムでの出来事を綴ります。
 
実は…
今日、11月26日は両親の結婚記念日なのです。しかも、25年という節目。
どうしても実家に帰ってきたく、早めに希望休暇を出して、どうにか静岡にやってきました。
 
というのも、
大がかりな企画を立てていたからです。
 
時間がさかのぼりますが、
 
7年前のあの日…
私は高校1年生だった。
 
学校帰りに寄った雑貨屋さんで運命的な出会いをしました。
それはピンク色の豚の貯金箱。
なぜか、ビビッと来た。
そのとき、ふと、貯金して、両親の結婚25年目にお金を渡したい、と思ったのです。
ほんと、アイデアが降りてきた感じ。
何かに背中を押されるように、私は豚の貯金箱を買っていた。
夜、妹2人(当時、妹14歳、11歳)を呼び、コッソリ想いを告げました。
妹たちも賛成をしてくれ、それからというもの、毎月、100円ほどを貯金する日々が始まりました。
高校生とはいえ、アルバイトが禁止されており、貯金といえど、もとをたどるとお小遣いやお年玉であった。そう、両親の懐からでていくお金なのだ。
でも、いつか、自分たちで働いたお金に換えようと誓い、貯金を続けた。
 
そして、私、大学3年生、妹19歳、16歳のとき、ようやく口座をつくった。
その際、貯金箱に入っている小銭をすべて数えた。たしか、その額、16000円ほど。
「少ない」と思うかもしれないが、その当時の私たちにとっては大金だった。
100円だったら、駄菓子屋で10円のお菓子10個かえるもんね。
まあ、お札が結構たくさんあって、3人ではしゃいだのも、懐かしい。
 
そして、さらに2年後…
私、社会人1年目、妹21歳、18歳。
これまでためたお金をアルバイトや会社で稼いだ給料と交換した。
 
7年の月日が経つため、すごい額を想像されるかもしれないが、計10万ほどである。
多いか少ないか、自分でも判断できない。
それより、7年間、続けてきたことが自分にとってもうれしい。ほこらしい。
 
あの日、あのとき、偶然、ピンクの豚の貯金箱に出逢っていなかったら…。
 
 
妹たちは大学のため、今日、静岡に帰ってくることができなかったが、それぞれ、お花やお酒を送ってきた。
 
そして、さきほど、私の希望で焼き肉に行ってきた。
おなかも膨れ、終盤に差し掛かったとき、小さな封筒を両親に差し出した。
「結婚25年記念日だから、これ、あげる」と。
中には、銀行のカードと、明細書が。
通帳は作っていなかったため、所持していたカードを渡そうということになったのだ。
両親、言葉を失う。
私、涙をこらえる。
「ありがとう、これからもよろしくね」だけ告げ、必死で涙をこらえる私。
両親の目にうっすらと涙がみえる。
 
7年間のことを言うと、父から「俺らの間に来てくれて、本当にありがとう」と。
正直、涙があふれそうになりました。
でも、場所が焼き肉だから、とにかくこらえました。
 
私こそ、両親の間に産まれてきて、本当によかったと思いました。
 
7年越しの想いがようやくゴールテープを切りました。
ここまで来れて本当にうれしかった。妹たち、そして両親に感謝です。
両親だけでなく、妹たちも自分にとって自慢の家族です!
ありがとう。
 
 
次は、姉妹で温泉旅行の夢を実現します。
これからも親孝行は続けます。次の企画も練り中。
おとうさん、おかあさん、いつもありがとう。

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