ウソつき

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前編: いつかなにもわからなくなるとして
後編: 自分では上手くやれていると思うすべての人たちへ


こんにちは。医学生兼ライターの朽木(@amanojerk)です。

ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れる医療の様々についてお話ししています。

今回は「自分につくウソ」について。

※個人情報への配慮

この記事は具体的な患者さんを話題にするものではありません。個人を特定できる情報は秘匿されており、患者さんの属性はフィクションです。ご了承ください。


僕はわりとウソつきだ。だから、僕にはウソをつく気持ちが他の人より少しだけわかるつもりでいる。でも、自分にまでウソをつく人にははじめて会った。

あまりに寂しいその姿に、ウソの寂しさを知った。

『詐病』という言葉がある。なにかしらの利益を得ることを目的に、自分が病気であるかのように偽ることで、これは病気ではない。この場合の利益とは、詐欺をして保険金がほしいとか、犯した罪に問われたくないとか、そういうことになる。

端的に言ってしまえば仮病である。このとき、患者はもちろん自分のウソを自覚している。ゆえに、手術などの大きなリスクは避ける傾向がある。

一方、『虚偽性障害』という言葉は、自分が病気であるように偽ることで、周囲の気遣いを受けられる、弱者・被害者でいられる、他者に依存できるといった、精神的な利益を得ることを指す。

病気を装う主な手口には発熱があり、監視者の目を盗んで体温計を擦り、摩擦で温度を上昇させる。他には、尿に砂糖を混ぜて糖尿病を装ったり、ときには繰り返し自分で自分を傷つけ、治らない傷を作ることさえある。手術もいとわない。

これらはすべて自分で行うことだ。でも、患者は自分のウソを自覚していない。具体的なズルをしたり、ウソをついているのに、自分が本当に病気であると信じ込んでいる。

つまり虚偽性障害は精神疾患だ。ミュンヒハウゼン症候群はこの一種である。


精神科の外来には、この虚偽性障害疑いで紹介される患者さんがしばしば訪れる。

他科の医師が虚偽性障害を疑う場合、患者さんは自分が精神疾患だとは思っていない、あるいは思いたくないため、たとえば不眠とか、他の検査の名目で精神科を受診させることになる。

そんな患者さんをひとり、診察した。

とても明るい患者さんだった。明るすぎると思うくらい。

看護師に車椅子を押されて診察室に入ってきたのは、30歳くらいの男性。病歴は長く、ここ数年で、手すりにもつかまることができないほど、握力が落ちていると訴えていた。

相当な期間入院しているのに、原因がわからず、筋力の病気を診察している整形外科や神経内科の医師らも首をひねっている。

と、患者さんは思っていた。

実際には、虚偽性障害が疑われていた。

病気についてお話を聞かせてもらっていると、少しずつかみ合わない、不自然な感覚があった。自分の病気の深刻な症状を、友達と話すようにやけに気軽に話すのに、詳しく尋ねると細部は急に曖昧になり、ところどころが矛盾する。

あるいは「このときね、どうなったと思います!?」というような思わせぶりな話し方を頻用する。やたらと医学用語の知識が豊富で、医学生が舌を巻くほど筋力を失う病気に詳しい。

なにより、ずっと笑顔だった。ニコニコとした、人の良さそうな笑顔。


ひと通り診察が終わると、指導医はドアを開いてその横に立ち、優しい所作でその患者さんを見送った。「早く診断がつけばいいんだけど」と言い残すと、彼は自分で車椅子を操作し、入院中の病室へと戻っていった。

強い違和感に襲われた。何かがおかしい。

でも、すぐにはそれが何かわからなかった。

ドアを閉めた指導医が、意味ありげに感想を求める。「どう思う?」


答えがわかると同時に、鳥肌が立った。

握力の検査をすれば0kg、手すりすらつかめないはずの患者さんが、車椅子で自走できるはずはないのだ。

みんなの読んで良かった!