転職市場の仄暗い溝に落ちた私が人を雇う側になるまでの話

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あなたは、ここまで打ちのめされたことがありますか・・・?

2009年7月・・・代々木駅のプラットホーム。

中央線各駅停車から山手線渋谷方面へ乗り換える。普段は耳に触る、目の前を行く電車のゴーという轟音も耳に入ってこない。ふと気づくと、手には文庫本。いまだかつて、これほどダメージを受けたことがあっただろうか・・・


ハッキリ言いましょう。今の私と当時の私は、まったくの別人です。

あれから4年。設立後1年で40%の企業が消えるという数字もある中で(信じがたいことだが)、幸運と言うべきか、私の会社は4年目のスタートを切ることができました。

決まった時間に、決まった場所へ、みんながそうするから自分もそうする・・・誰もそんなことは望んでいない。そんなことは結果にはつながらない。

“自由”・・・それは自分勝手と同義語ではない。それを世に証明する道半ばです。

全財産を落とす

話を過去に戻します。

ワンテンポあって我に返ると、鞄を網棚に乗せたままであることに気がつきました。財布も入っています。小銭入れも入っています。運転免許証も入っています。家の鍵も入っています。

これでは家に帰っても、自分の家に入れません。それどころか、このまま渋谷へ行ってもPASMO(ICカード乗車券)がないので出られません。

いいえ、問題はそこではないのです。

お金は銀行からおろせばと思いましたが、銀行キャッシュカードも財布の中です。銀行窓口に行ったとしても、身分証明書となる運転免許証が鞄の中です。

いいえやっぱり、問題はそこではないのです。

この期に及んでも、自分の状況を、自分がすべてを失ったことを認識できない「あまちゃん」であることが私の抱えた問題だったのです。

落としたのは、モノだけじゃなかった

当時私は30歳の誕生日を迎えて間もなく。

大きな期待を一身に受けて、ある激熱のベンチャーに転職。4店舗を任されたものの経営側の期待には届かずに、わずか6か月で追い払われたも同然で退職しました。

私は数々の企業で人事役をメインに歴任してきた経歴を持っています。ですが私の思考は人事の枠を飛び出して、関心はすでに経営にあったことは間違いありません。

大きなチャンスを得たわけですが、見様見真似の私の経営は実社会ではまったく通用しなかったのです。

あれは忘れもしない・・・飯田橋の転職アドバイザーの言葉。

その人は、私の汚れた職務経歴を見てこう言ったのです。


“タクシードライバーにでもなったらどうですか?収入も安定しますし”


この言葉が私のかろうじて形を保っていた心を打ち崩してしまいました。

自分の現状は、そこまでひどいところに来てしまっているのか・・・

タクシードライバーになるのなら、

親に苦労をかけてまで、都心の私立大を出してもらう必要もなかった・・・

学年でトップ5%に入るようなテスト勉強をする必要もなかった・・・

これまで私が積み重ねてきたものがまったく生かすことができない


と当時の私のアタマでは思えたのでした。


これまでの人生に、一体どれだけの人が関わっただろうか。お世話になった人たちが今の私を見て、どう思うだろうか・・・。そんなことを考えると、自分が情けなくなってしまったのです。

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