「出来る事なら…」

「好きでこの家に生まれて来た訳じゃねぇよ。。」
反抗期の時に俺がよく使っていた怒鳴り文句だ。
中学、高校生の頃の俺は親父の事を恥じた上に嫌っていた。なぜなら普通の家庭の父親とは違っていたからだった。

小さい頃の親父は小規模ながらも会社の社長をしていて自分の通う小学校のPTA会長もやっていた。身体は小柄な親父だが、その背中は大きく俺にはヒーローの様に輝いてに見えていた!

しかし俺が小学校6年生の時に親父の持病の糖尿病が悪化して人工透析無しでは生きる事が出来ない身体になった。
身体障害&余命5年という残酷な診断結果が親父に告げられた。

元々親父の行動力や営業力で成り立っていた会社はそれをキッカケに売上も急激に落ちていき、俺が中学校2年生の時についに倒産してしまった。

家も、車も、財産として認められるモノは全て債権会社に持っていかれた。

自己破産した親父はというと仕事に失敗し、体調も壊し、気力を失い、母親の給料に頼り看病してもらう。おんぶに抱っこの生活だった。母親の給料しか無いので生活が一気に一変し食べていく事で精一杯となっていく。当然俺の小遣いなんてアリもしない。

思春期の俺にとって周りのみんなとの違いがもの凄く苦痛だった。なぜなら、みんな当たり前に貰っている小遣いも無いから休みの日に一緒に遊びに行く事すらも出来ないから。

でも完全に未熟な俺にそんな我慢が出来る訳もなく、みんなと同じ遊びをするお金を作る為に恐喝をし、みんなと同じ服を着てオシャレをする為に窃盗をしたりして警察のお世話になる事も少なくなかった。次第に俺は学校の中でも輪からはみ出したヤンキー達とつるむようになる。けど、つるむようになったのは本心ではなく学校生活を上手に振る舞う為のもの。

俺の中で、学校生活で1番大切なのは「浮いた存在にならない」という事。事実、元々遊んでた子達は真面目な子達だから何の心配もせずに遊びに行けたり、買い物に行けたりしていた。会社が倒産して小遣いが無くなり、遊んでた子達と価値観や遊びが合わなくなって来た時に急に無視されたりイジメが始まる事もあった。

だから俺は、恐喝や窃盗などの犯罪をしても特に目立たないヤンキー達とつるむ事にしただけだった。ヤンキーと俺の違いは、ヤツらは自らを強く見せようと威嚇の為に恐喝や窃盗等をしていた「はみ出し者」だったが、俺は生活やみんなと一緒になる為に犯罪をしていた「はじかれ者」という違い。

この違いはどのように影響してくるか?というと「はじかれ者」にとって恐喝や窃盗は自分を守る為の行動だったとしても、自ら「はみ出し者」となったヤツらは「必要」ではなく、「気分」で犯罪を起こすので必然的に犯罪の件数が一番犯罪件数の多い俺が…「お前ってめちゃ根性あるねっ♪」と、いう感じにヤンキー仲間の評価が勝手にどんどん上がっていってしまう〜と、いう問題だった。

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