私が変態になるまで STEP1 15歳 〜アクト•アゲインスト•エイズ•ジャパンへの参加〜

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多分、私の変わっている人という道を歩み始めたのは90年代初頭、
中学校三年生の時に『アクト•アゲインスト•エイズ•ジャパン』という団体に親戚からの縁あって、当時はまだ日本にHIVという病気の知識が少なかった頃、空気感染でもするのではないかと疑われていた頃に、先の団体でHIV陽性反応が出た方への支援金を募金活動で参加させてもらった頃からだと思う。
私の実家はとても田舎で、やることなんてセックスぐらいしかない文化の少ない地域だった。当時中学生だった私には、エイズの起源、どうやって人から人へ感染するのか、予防はどうすればいいのか等、若い頭脳には、すんなり頭に入ってきた。
要するに避妊以外でもコンドームが必要だということだ。その時はただ単純に盛りがついてくる同世代に伝えたいと思った。
そして丁度良いタイミングで文化祭があり、エイズを題材にした演劇をしてみないかとクラスの皆に提案し、HIVという病があるということ、予防ができるということを伝えたところ、同世代は皆、彼氏彼女が出来てくる年頃、セーフセックスとは何かということにも興味深かったんだろう、全員合意の上、その制作に入った
HIV陽性反応が出たのはクラスの中でもみんなに人気のある、ちょっとぽっちゃりとした明るく楽しい女の子に頼んだ。どうしても文化祭というイベント上、シリアスなことは伝えながら、彼女から滲み出てくる明るさに頼りたかったからだ。
その彼氏となるのは学年の中でも女の子から黄色い声が上がるいわゆるイケメンの男の子に頼んだ。
脚本も書いたのだが、とにかく熱意だけがあった。
なんとなく、人の胸を打つ演出はどんなものなのかというのはもう嗅ぎ分けられていた。
中学生が創る演劇で、セーフセックスというテーマで、ゲイだろうがレズだろうが偏見することなく、されることなく、人間同士なら愛し合えるという結末で締めくくったような気がする。
その年の文化祭で最優秀賞に選ばれたことをきっかけに
その勢いで成績の悪かった私は生徒会長に立候補した。
今思えば計算高いこと甚だしいが、普通入試じゃとても入れなかった高校に内申書だけで高校にシード入試、推薦入学した。
ゲイだろうがレズだろうがノーマルだろうが、差別や偏見がない社会に生きていきたい。その熱意は、誰しもが思うことだと思っていたが
どうやらそれがマイノリティの考え方なんだと、少しずつ分かってくる。
社会に出ていない私は恐れもなく考えていた。
この世はHAPPY&PEACEからできていると信じ込んでいた。
これが私がマイノリティになる道への第一歩である。

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