②独学で仲間達と宇多田ヒカルのバックダンサーなった物語(全6話)

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ダンスとボクシング人生の2択。

中学卒業の時期の話・・・。
ダンスの練習は仲間と変わらずしていたが、中学卒業を期に全員はバラバラの高校へ。

地元では頻繁に遊んでいたのだが、ダンス熱には差が出始めていた。
同級ダンスメンバー5人➝3人までに減っていた。

自分は都内私立の男子校に入学することになる。
通いやすくボクシング部があるという事で決めた。

入部当初は毎日ボクシングの練習に励んでいたのだが、外ではクラブやイベントに通い朝帰りする生活をしていた。
そのため「ボクシングの硬派vsダンスの軟派」の対極の葛藤が起きていた。

独学で学んだダンス生活

ちなみに自分にはダンスの先生という人がいない。
なぜなら、ほぼ仲間たちと独学で学んでいたから。

スクールに通った経験はあるが2ヶ月と超短期間である。
しかも片道2時間の野外レッスンである。

そこで教わったのは「リズムの裏取り」と「スライド系」だけ。

中学の仲間達も各自が好きなスクールへ通い、各自が学んだ新しいスキルをシェアするというシステムを取っていた。

これは今でも使えるシステムだと思う。
スキルのシェアは仲間がいてこそ効果を発揮する。

➝自分で習うインプット
➝仲間に教えるアウトプット

この重要性は、この運営ブログにも書いたので是非読んでほしい。


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今でこそ海外ダンサー動画は見放題だが、当時はYoutubeもなく動画をシェアするという環境ではなかった。

そのため有名な外人ダンサーの映像は非常に貴重であり、先輩達も外に出すのをためらっていた。
まるで裏ビデオのような存在だった。

当時は練習やダンススクールと言えば外が普通だった時代。
商業ビル・デパート・公民館など姿が見えるガラスがあれば、光に集まる虫のようにダンサーが集まり練習やスクールをしていた。

夏は汗グダグダ。冬は服モコモコ。

そして、今はかなり減ったけどドレッドダンサーがそこら中に溢れていた。
「ヒップホップ」「 ダンサー」といえばドレッドヘアーだった。

さすがに高校では無理だったが、エセドレッドヘアーで我慢していた。
これは三つ編みパーマをかけてほぐし、そこにスプレーやジェルで固め軽いドレッド風になるというもの。
しかし、このエセドレッドがボクシングの道を阻むことになる。

髪で決断をした日

ボクシング部で1年生の新人戦が近くなった合宿時期の事。
顧問の先生にこう言われた。

「その髪じゃ合宿連れてけん。」

と。

ついにキタなぁと思った。
ダンサーとしてのビジュアルのプライドを取るか、ボクシングの新人戦を取るか。
葛藤の選択を迫られた。
が、もちろん!


ダンスを選択!


今思うと、普通に髪を切ればよかった。
と思うこともある。

この出来事で部活を辞めることになる。
….もう引けない。

ある意味、この選択が本格的なダンス人生のスタートとなる。
ボクシングよりダンスを選んだ瞬間であった。

進路に左右したボクシングをここで見切るのもどうかと思うが、そのぐらいビジュアルは当時の自分では大切な要素だった。

初のダンスチーム活動開始

ボクシング合宿に行けなくなった事がきっかけで、ますますダンスライフが深まっていた。
この頃は、「チーマー」「サーファー」「スケーター」の全盛期。

自分の学校にはダンサーは自分ともう1人ぐらい。
とにかく校内にはダンサーという人種がいない状態。
それもあり、外での活動とクラブを通した仲間がどんどん増えていった。

そして自分達はダンスチームとして、本格的な活動をし始めていた。
メンバーは…あの中学で唯一残った「shin」・「T」・「M」の3人チームである。

チーム名は「YO-SAKU」
渋いでしょw


この時代のダンス活動といえば六本木がメインだったであろう。
横浜、川崎も有名だった。

現在はないが六本木に「R?hall」(アールホール)というクラブがあった。
そこはダンスカルチャーメインストリームであり、ザ・ダンサーの溜まり場でもあった。

若手、大御所ダンサーみんないた。
この話を聞けば歳がバレるぐらいのレベル。

川崎クラブチッタもこの頃からダンスイベントをしている。

六本木にはEROS(エロス)というクラブもあり、ここではダンスイベントではなくパーティーが開催されていた。

当時クラブでパーティーと呼ばれるイベントがあり、パー券などはワルたちの貴重は収入源だったのだ。
今思うと凄い時代だったと思う。
未成年には危険過ぎる…(笑)

暴走族とチーマーがゴッチャになっていた時代。
そう、ディスコとクラブが丁度入れ替わる時代でもあった。

そんな活動をしている中で、自分のダンス活動をメジャーにしていく仲間達にも出会い、さらに輪が広がっていくのであった。

そのまま高校を卒業することになり、
「ダンスでいく!」
この決断を自然に仲間と模索し始めるのだった。

...続く


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