僕がアメリカに来た理由

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そして、そうした友人たちとともに様々なサークルの新歓に参加した。
しかし、僕はどのサークルも楽しいと思えなかった。どこも同じような新歓をして、飲んで騒いで、、、
僕の期待は最初にへし折られた。
結局、僕は友人とともにサークルをつくった。なんてことのないイベントサークルだったが友人らとともに楽しく過ごせた。
たしかに楽しい。みんなでなにかをして、飲んで、騒いで、楽しい。
ただ、どうしても心の中に満たされない自分がいた。
勉強面でも自分の勉強したい都市デザインは同志社ではあまり勉強できそうにない。
大学って何だろう?
そんなこと考えたこともなかった僕は、真剣に悩んだ。
このままだと何も得られるものがないんじゃないか?
そう思った僕は東京大学や京都大学といった日本最高学府にいる友人たちと話してみた。
しかし、そういった大学にいる友人でさえ僕と同じようなことを思っていたのである。
それを聞いた僕は日本の大学制度というものに疑問を持ち始めた。
研究成果など必要もなく、授業にもあまり熱意が感じられない教授陣、もともと授業など聞く気がない学生。
大学に入って見えてきたすべてに絶望した。
自分が生きている意味は何だろう?
このときからアメリカへの留学というものを意識するようになった。
大学に絶望した僕は大学の外に意味を求めた。
あるとき参加したイベントでこんなことを聞いた。
大企業でも簡単につぶれてしまう現代で、武器も持たず普通に就職して終身雇用なんて望めるのか?
絶対安泰なんてもう日本にはない。
そうなってしまったとき、何も武器を持っていない人たちはどうなるのか。
そもそも武器とはなにか。
自分自身のちからだけで生きていくすべを身につける。
考えてみると将来が怖くなった。
このまま大学にいるだけじゃ、どこの大学にいるとしても何も得られるものがないんじゃないかと思った。
そして僕は、必死でイベントを開いてみたり、友人と起業のまねごとをしてみたり、WEBサービスをつくってみたり、いろいろなことに挑戦してみた。
ただ、いつも言われた、
「お前には何ができるんだ。」
何も答えられなかった。
結局、僕には何もできない。
僕が生きている意味なんてない。
僕が死んでも地球は変わらず回り、人々は生活する。
痛いほど痛感させられた。
そして僕はSFC再受験を辞め、本格的にアメリカに留学することを決めた。
アメリカで都市デザインを勉強したい。
本場のアメリカで学び、都市デザイン分野の第一人者になりたい。
確かな自分の力を、生きるすべを獲得したい。
親に話してみると以外とすんなり許可してもらえた。
僕は自分で決めたらもう絶対きかないから、というのが理由らしい。
ありがたい話である。
また、できることを少しでも増やしたいということで興味があるIT系の企業のインターンもしてみたいと思った。
そして、留学を2013年の8月に設定し、休学してインターンも始めた。
ただ、そこでもやっぱり自分の無力感を痛感させられた。
自分の力で歩いてゆける力をつけたい。
その思いが僕を前に進ませる。
現在、カリフォルニアのCollege of San Mateoというカレッジに在学中の僕はArchitecture、つまり建築学を専攻している。
かねてから勉強したかった都市デザインの基礎分野をここで学ぶつもりである。
アメリカでの生活は楽じゃない。正直辛い。
言葉も文化も違うアメリカではトラブル続きである。
でも後戻りはできない。
僕は、僕が生きる意味をここで見つける。

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