【男が道に迷ったら】とある石油会社の重役に、利根川で鯰を釣りながら教わった人生の指針。

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男はな、○○をしていないと、何を見つけることも、何を手に入れることもできないんさ。




こんにちは!
WEBの仕事をしながら世界を旅している、阪口といいます。


今から3年半前、僕は重い鬱病で、半年ほど寝たきりになっていた時期があります。


そのとき、利根川の桟橋で、とある石油会社の重役である「伊波さん(仮名)」という方と釣りをする機会がありました。肩を並べて釣りをしながら、男が道に迷ったときはどうするか、人生の指針となるアドバイスをいただきました。今日はそのときのお話をシェアさせていただきます。



薬でボケた頭と身体をベットに沈ませる日々。



2010年、23歳の夏の終わり。
薬でボケた頭と重い身体を引きずりながら、僕は無気力な毎日を過ごしていた。




鬱病で仕事を辞め、夢を諦め、恋人にもフラれ、自暴自棄になったのがその3ヶ月前。

大量の薬を飲んで自殺をしようとした僕は、それにも失敗し、薬の副作用か、喪失感からか――身体が動かなくなり、寝たきりの状態になってしまった。



夏の終わり、利根川の桟橋で。


夏が過ぎると、少しずつ身体が動くようになり、夕方気温が下がってから、外を出歩くことができるようになった。


僕の実家は千葉と茨城のちょうど県境にあり、自転車で10分も走らせれば利根川に出ることができる。


利根川の河川敷は人気がなく、土を固めただけのすすき野原に囲まれた小道を抜けると、古ぼけた桟橋に出ることができた。その桟橋に座って、何時間も呆けて何も考えずに座っていた。




人との繋がりを完全に絶っていた僕は、もう何ヶ月も、家族と医者以外の人と話をしてなかった。


人に会うのは怖かった。誰かと言葉を交わすことを考えただけで目眩がした。情けないこんな自分の姿を、誰かの目に晒したくなかった。




だからその日――その桟橋で、とある石油会社の重役と肩を並べて釣りをすることになろうなんて、まったく想像もできないことだったのだ。



釣り、してもいいかい?


夕方、いつものように桟橋に座ってぼおっとしていると、すすきに覆われた小道を掻き分けて、一台のバンがやってきた。


車が来るのは珍しかったが、いつものように素通りしていくだろう。そう思った時には、バンは桟橋の真後ろで止まって、運転席からおっちゃんが現れた。背後を塞がれた。逃げられない。身体が硬直する。声が出てこない。


「こんちは」

おっちゃんは、よく日に焼けた顔を緩ませてそう言った。


おっちゃん
隣、いいかい?
あ、え、は、はい。

久しぶりの人との会話に口の筋肉が回らない。


おっちゃん
釣り、してもいいかい?
釣りですか?
おっちゃん
そう、釣り。


おっちゃんは、トランクを開けて釣り道具を持ち出し始める。僕のとなりに胡座をかいて、慣れた手際で釣り道具のセットをはじめた。


おっちゃん
まだまだ暑いよなあ。


おっちゃん
このあたりは何が釣れるか、お兄さん知ってる?



おだやかに話しかけてくれるおっちゃんに対して、僕は「ええ」とか「はい」とか「まあ」とか、ろくな相槌も打つことができない。利根川で何が釣れるかなんて考えたこともなかった。



おっちゃんは年の頃は50前後。背は低いが、Tシャツから覗く二の腕や身体つきはガッシリしていて、よく日に焼けているので若々しく見える。短髪の髪は白髪が混じっていたが、ふさふさとしていた。なによりその目だ。おっちゃんの瞳は、まるで釣り好き少年がそのまま大きくなったような面影があった。僕が一瞬で警戒を解いてしまったのも、その瞳が原因だった。



社長になれなれ言われて、逃げまわっているのさ。




おっちゃんの名前は伊波さんといった。


伊波さんは今日は休みなんですか?


日にちの感覚はもうなかったが、今日は平日だったハズだ。


伊波さん
まあ、いちおう仕事だよ。今日はもう終わったけど。
どんなお仕事なんです?
伊波さん
石油会社だよ。
石油会社...というと?
伊波さん
○○石油ってところ。知ってるかな?


 知ってるも何も、その名前をつけたガソリンスタンドなら、その辺にいくらも見つけることができる。最大手の石油会社の名前だった。


伊波さん
この辺にいくつか支店を開く予定があってね、その下見や調整で来てるのさ。
へえ......なんだか凄いお仕事ですね。
伊波さん
そうでもないよ。土地の人に話を聞いたり、色々走り回って土地の様子を見たり。ついでにその辺の支店を回ったりね。まあこの辺は友達も多いし、そんなに忙しい仕事でもないから。
なんだか自由な感じですね。重役みたいじゃないですか(笑
伊波さん
重役か...まあそうだね。会社にいると、社長になれなれ言われるからなあ、こうして逃げまわってるんさ。
......はあ。

 

 なんだか聞き逃せないことを、さらっと言われたような気がする。


伊波さん
いまは取締役にしてもらってるけど、こうして釣りしてる方が気が楽でいいよね。


 そうか...きっとこれは冗談に違いない!

 いくら薬で僕の頭が回らなくても、あの会社の取締役が、こんな利根川の辺境地で、僕と肩を並べて釣りをしているのはおかしいことくらいわかった。


でも、そんなお仕事だったら普通は忙しいんじゃないんですか?
伊波さん
昔はね。入社して20年くらいはバタバタやってたなあ。でも今はもう、こんな感じでも大丈夫なんだよ


伊波さんはまるで、前世の記憶を辿るような目をして言う。胡座をかいて釣りをしている姿があまりに堂に入っているので、仙人のようにも見える。


伊波さん
おにいさんは学生?


僕は苦笑いをしながら「今は休職中なんです」と正直に言った。


5月までは働いていたんですが、鬱病で辞めてしまいまして......まだ休んでいるところです。
伊波さん
そうか、鬱は辛いよなぁ。今はいくつ?
23です。
伊波さん
若いなぁ。難儀だなぁ。そうかそうか。


 伊波さん、しみじみと噛み締めながら言った。


伊波さん
俺も鬱はやったけど、たまらんかったなあ。2年間、動けなかったぜ。
2年間.....ですか!?



淡々と言うその言葉にぞっとした。鬱になってから4ヶ月経ったが、それが2年に引き伸ばされたらと思うと......。



伊波さん
鬱のときは釣りをするといいよ。
釣り......ですか?
伊波さん
そう、釣り。やったことある?
昔は...でももう何年もやってませんね。
伊波さん
僕も阪口くんくらいの年はずいぶん無茶をやったけど、釣りをする時間だけはつくってたんさ。だから仕事には押しつぶされなくて済んだ。


 伊波さんはバンに戻ってトランクを開けると、もうひとつの釣り竿を持ってきた。


伊波さん
釣り、しようぜ。



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