一回り年下のアメリカ人と、電撃国際結婚しちゃいました。

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2008年12月25日、クリスマス。
サンタさんから成田空港にプレゼントが到着した。

それが今の旦那さん。

当時、彼ハタチ。私、32歳。干支が同じアメリカ人。
彼の所持金:ゼロ。
つきあった期間:数ヶ月。

※『ダーリンは外国人』みたいな明るい話を想像して読まれると、がっかりすると思います。どちらかというと、国際結婚のダークサイドと私自身の結婚論のようなものを書いていますので、それでもいいよ〜という方だけお進み下さい。


日本のジョウシキを覆す結婚?


この結婚には、たくさんの壁があった。
年の差、収入の差、言葉の壁、国が違う、価値観が違う。
うまく行かなそうな要素勢揃い(笑)。
友達も両親も口を揃えて反対。私も、もしこれが自分のことじゃなくて
友達の話だったら、反対していたかもしれない。

結婚に際して、よく男性が「◯◯さんを必ず幸せにします」とか言いますよね?
あれ、私は個人的にどうしても違和感があります。

幸せは、するものでもされるものでもない。
と思う。

「幸せにする」という言葉の裏に、男性は負わなくてはならない責任感を、
女性には「養ってもらう」という受け身の安心が、見えるように思えて。
決意という意味でそれを口にすることはわかっているけど、
なんかそういう、日本っぽいかんじが、私はナンセンスだと思っていた。
「一緒に幸せに暮らしていきます」でいいじゃん、と思う。

「ハタチ、収入ゼロ、無職」
日本の適齢期の女性には鼻であしらわれそうな条件の私のダーリンは、
うちの両親に挨拶に来たときに、父にこう聞かれた。
「仕事とか、収入とか、どうやって養うつもりなの」
彼はにっこり笑ってこう答えた。

「一緒に、がんばります」

私には、とてもしっくりくる答えだった。
生活を一緒に作るという方が、幸せにしますと言われるより
自分らしい結婚だと思った。

「結婚は、幸せにしてくれそうな相手とするんじゃなくて、
 不幸になってもいいと思える相手とするべき。


武田鉄矢の名言です。


外国人は大変









肌の色、目の色が違うことで、常に周囲の好奇の視線にさらされる。
「ガイジン」という差別用語で呼ばれる。
つける職業が非常に限られてしまう。
アメリカ人だと、英会話講師か英会話講師か、英会話講師。
日本的な慣習や暗黙のルールに従わないと日本では生きていけない。

島国だからしょうがないし、同じ日本人である私にはわかります。
皆さん、悪気はないんです。
ただ、物珍しいだけなんです。興味あるんです。
でも、やはり同族同種を見て育って来たので、
外国人を決して「同じ人間である」とみなせない。

「友達」という言葉で彼を利用しようとする人たち。
仲の良かったはずの同僚からの、ある日突然の裏切り。
自分の罪を「外国人だからやったに違いない」と彼に押し付ける人。
自分達の価値観の通りに動かないからと、
寄ってたかって大勢で彼を責める人たち。

彼が関わってきた日本人を何人も見てきて、私は思ったものだ。
結局彼は、
「檻に入れられて、遠巻きに眺められてる動物園の動物みたいだな・・・」

国際結婚というのは、配偶者がそういうことで疲弊していくのを
横で見なくてはいけないという辛さがあることを知った。

彼は次第に、日本に来たばかりのときの快活さを失い、やる気をなくし、
うつ、適応障害の症状を見せ始めるようになる。
どうしていいかわからなかった。
彼は人を信じられなくなり、家に籠もるようになり、働きたくないと言った。
「僕は別人になってしまった」と言った。

でも、それも誰にもわかってもらえなかった
両親にしても、友達にしても、彼はただのヒモにしか見えてなかったと思う。
母親に別れた方がいいんじゃないかと何度か言われた。
彼の痛みを理解していたけど、それを他の誰に説明してもわかってもらえず
板挟みのようになってしまっていた。
どうして彼が働かないのかを、誰かにいちいち説明しなければならないんだろう。私が良ければそれでいいんじゃないのか? 私は私で疲弊していた。

そんなとき、彼のお父さんが突然亡くなった。
それでも遠すぎて、彼に出来ることは何もなかった。
彼はひとり打ちひしがれていた。

故郷から遠い異国の地で、親兄弟、友達と離れてたった一人。
彼の精神状態は日に日に悪くなっていくようだった。
私はやっぱり、側で見ていることしか出来なかった。

結婚して2年くらいは、毎日のように喧嘩していた。
彼自身の精神状態が不安定で、私はそれに引きずられ、振り回されていた。
何度か本気で離婚を考えたこともあった。
もうやっていけない、と家を飛び出して、近所の公園で一人泣いたことは
数えきれない。彼の辛さが、隣にいる私にもダイレクト影響を与えていた。

彼には私しか頼る人がいないのに、わかっていてもその重みに
押しつぶされそうになっていた。何度も八つ当たりをした。

私があのとき、もっと大きな心で彼を包んであげられれば良かったのにと思う。

本当のグローバルって?

そして「外国人を夫に持つ」ということで、普通に暮らしていたら
受けないであろう差別にさらされることが、私自身にもあった。

結婚したてで友達が小さなパーティを開いてくれたことがあった。
そのとき私に聞こえないように(あるいは聞こえるように?)女友達が
「要するに、日本人と結婚出来ないからガイジンくんでしょ?
 あー、私もその手しかないかな〜」と言うのが聞こえた。

親しい「友達」だからといって、嫉妬してないとは限らない。
ということを学んだ。

そしてもっとも多いのが、子供のこと。
私には娘がいて、アメリカと日本のハーフになるわけですが、
「いいな〜私もハーフ産みたい」と色んな女性に言われて来ました。
気持ちはわかるけど、「私もそのブランドのバッグ欲しい」と違わない気がする。

一番悲しかったのは、
「それで、昔からハーフを産みたかったの?」
(意訳:"ハーフ産みたいからガイジンと結婚したんでしょ?計画的?")
と言われたこと。

私はずっと子供は欲しかったけど、「ハーフを」産みたいなんて思ったことない。
「◯◯産みたい」ってものすごく利己的。
子供はどんな子供だってかわいいし、どんな顔だろうが、どんな国籍だろうが
母親だったら誰でも同じように、どんな子供でも愛おしいものでは?

しかもその発言をした女性は、アメリカと日本を飛び回ってグローバルな仕事をし、3ヶ国語を操る才女。尊敬していた人だった。
その人は私の娘のことだけでなく、私の結婚まで貶めたようなものだ。
しかも、無意識に。

グローバルな才女だからといって、考え方もグローバルとは限らない。
ということを学んだ。

無意識に「差別」を露呈する日本人のなんと多いことか!というのが、

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