煙おばやん~愛煙家から愛を込めて~

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かっこいいとは、こういうことさ

2011年の師走も押しつまった30日に、島の長老、94歳のおばあちゃんが亡くなった。目はだいぶ弱っていたけれど、ついこの間まで元気だった。花札の点数計算をさせたら右に出る者はいなかった、いなせなおばあちゃんだ。
島のみんなに倣って、ここからは「おばやん」と呼ぼう。
亡くなる前に入院するまで、タバコを長く愛した人だった。生前はお寺に散歩に来る時も、見たことのない両切タバコを大事そうに吸いながらやって来たものだ。
その吸いっぷりときたら惚れ惚れするほどかっこよかった。
火のついた先はもちろん掌側に、短くなったら外側にして、その細い指の幅ギリギリまで旨そうに吸う。
そして、指の幅ほど残った吸殻も大事にしまって持ち帰る。そうして何個か吸殻を集めてほぐし、巻き直して吸うのである。

おいら
タバコの吸い殻3個で1本のタバコが再生できるとします。10本のタバコがあったら、全部で何本分のタバコを吸うことができるでしょう?(『逆説論理学』からの問題です)※答えは本文の最後です

おばやん、いつかロースト人間になっちゃう・・・?

おばやんは亡くなる前の入院中も、タバコ愛を発揮した。
看護師さんを誰彼構わず捕まえては、「他の人には黙っているからタバコを一本くれ」とせがんだそうだ。そればかりか、胸ポケットと見るや、それが例え白衣でも、ワッとかきついてタバコを探っていたというから、家族もすっかり呆れていたようだ。
ニコチン中毒恐るべし、明日は我が身だ。
おばやんの遺影の前には、タバコが山とお供えしてある。棺桶にもだいぶ入れたというが、片付けるたびに出てくるらしいので、相当買い置きしていたのだろう。
だけど残念ながら、形見のタバコはもらえない。両切は苦手だし、なにしろおばやんみたいにかっこよくきれいには吸えないだろうから。

「けむにまく」人生の幕

おばやんはみんなを煙に巻いていってしまった。
けれど多分、煙のように高いところから、まだまだ精進の足りない愛煙家の私のことも見ていてくれるような気がするのだ。

進め、愛煙家


おいら
諸悪の根源みたいにタバコを嫌う風潮だよね、最近。これって炎上するかも。うわやばい。
もちろん、マナーは大事。それはどんなことでも同じ。
考え事をしながらコーヒーや紅茶を飲まないだろうか、ガムをかまないだろうか、一息入れたいときに誰でも何かしていないだろうか。タバコ休憩でする会話は、色々な企画やアイディアも提供してくれたし、人生相談さえもできたものだった。
タバコを売っている=喫煙権を認めていること。
地方税の多くがたばこ税に支えられていること。
タバコよりもずっと空気に悪いガソリン自家用車は規制されないこと。

おいら
色々言いたいことあるけど袋だたきに遭いそうだな・・・ジブリ映画にまでイチャモンついたしな・・・

みんなの読んで良かった!