自由=責任

ニューヨークには自由な空気がある。
一度住めば多くの人が感じると思う。
その理由は色々と考えられるけど
一番はやっぱり、人だ。自由に生きてる人が多いからだ。
ここでいう自由とは、自分が好きな事をしているという意味。
でも同時にみんなこういうことを口にする。
「最高に自由な街だけど甘くはないよね。」
ドラッガーはこう言ってる。
「自由とは解放ではない。責任である。楽しいどころか一人ひとりの人間にとって重い負担である。それは、自らの行為、および社会の行為について自ら意思決定を行うことである。そしてそれらの意思決定に責任を負うことである」
「自由とは楽しいものではない。幸福、安心、平和、進歩のいずれでもない。それは選択の責任である。権利ではなく義務である。真の自由は何かからの自由ではない。それでは特権にすぎない。」
好きに生きてる人はそれだけ責任を負ってる。
自分が選んだ道だからもちろん言い訳はできない。
それどころか、だいたいそいう時って
周りの声を押し切ってスタートしたケースが多い。
ミュージシャンとかアーティストとか海外放浪とか。
でもドラッガーのいうような暗い空気はここにはない。
たしかにお金もない人も多いけど、後悔してる人はほとんどいない。
みんな本当に楽しそうだ。だからここには人が集まってくる。
自分自身、最近給料制を卒業し個人事業主となった。もっと自由になった。
だが、何月何日に給料が入ってくるということもなくなった。
さらにビザ獲得のため大金をはたいたため、今が人生最大の金欠。
自分の生きるお金は自分で稼がないとならない。
自由=責任
でもその「責任」という言葉は決してネガティブじゃない。
いま俺は最高に心地いい。責任の強い環境こそ男が磨かれる。
そして追い込まれると俺は強いことを知っているのだ。がっはっは!
「人間というものは、いかなる場合でも、好きな道、得手の道を捨ててはならない。」坂本龍馬

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