最も好きな物を手放した悲しみを、最も嫌いな物が埋めてくれた|偏差値27だった大学生が、四ヶ月でTOEICスコアを測定不能から865点まで伸ばした話

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※2014年2月2日  記事をyahooニュースで紹介して頂きました。編集部の方、ありがとうございました。


お忙しい中僕の記事を読んでくださりありがとうございます。

いきなりですが、最初に一番言いたい話をさせてください。


もしあなたに苦手な物があっても、それを克服したいと思っているなら必ずできます。その方法を僕自身の経験をもとに、これからお話させていただきます。


僕は英語という物に対し、トラウマに近いような苦手意識を持っていました。タイトルの通り、偏差値27なんて数字も取ったことがあります。


しかし英語への苦手意識を克服しTOEICの学習をスタートさせ、スコア測定不能という最悪の状態からなんとか865点という点数をとる事ができました。

なので同じように苦手な物を持ってるあなたへ向けて、なぜ、何を、どうやったかをシェアしようと思い、この記事を書きました。

少しでも参考になれば幸いです。



TOEIC受験を決めるまで



高校模試で英語偏差値27!


今でもはっきりと覚えています。高校受験を控えた中学三年生の秋、僕は先日受けた模試の結果を当時通っていた学習塾の塾長から手渡されました。


上から順番に目を通していきます。国語、数学、英語と目を通していく中で僕は信じられない物を目にしました。


なんと、英語の欄の部分の棒グラフがどこにも無いのです。それもそのはず、模試の最低偏差値は27であり、僕の偏差値はその27でした。

塾長は僕に言いました。

ミスプリントだと思ったんだけど、どうやらそうじゃないみたいだな・・・。


勿論僕の勉強不足が悪いのですが、この経験から僕は英語に対してトラウマに近い物を感じるようになりました。


高校はなんとか推薦で入る事ができたものの、依然として英語は全くできませんでした。部活も三年間野球部で、朝から晩まで練習。


テストは常に赤点のボーダーラインを大きく下回り、休みの度に補修、補修、補修・・・。

友達に教えてもらいながらなんとか課題を出し、本当にいつもギリギリで単位をもらっていました。


大学も英語が使わずに入れる理系の学科に入り、野球部を引退すると同時にボクシングを始め、野球以上に打ち込みました。

大学を辞めてプロボクサーとして生きていきたい。そんな事を考えるぐらい、僕はボクシングに夢中になっていました。









僕がTOEIC受験を決めたわけ




しかし大学二年生の夏、僕はそれまで打ち込んでいたボクシングをプロテストの目前で辞める事にしました。


両親はプロになる事に猛反対していましたが受かる自信はあったし、ケガがあったわけでもありませんでした。


ただある日、自分が小さい頃とても体が弱く、手のかかった子供であったことを唐突に思い出したのです。


「自分は親に労力と時間を人一倍かけてもらって今まで育ってきた。そんな自分が、親の反対を押し切って自分から体を酷使するスポーツをするのは筋が通らないのではないだろうか?」


一度そう思ったらプロになるどころか、もうボクシングを続ける事すらできませんでした・・・。

僕は一週間練習にいかず悩んだ挙句、会長にジムを辞めるという話をしました。


生活の大変を占めていたボクシングを辞めたその日から、僕の生活に大きな時間の穴が空きました。

かといって空いた時間に何かをやろうと思っても、小学生のころからスポーツしかやったことのなかった僕は他の事に全く自信が持てず、新しいことを始める気にはなりませんでした。


ボクシングをやっていた時になるべく控えていた物(揚げ物やお菓子など)が食べられなくなりました。まるで体がボクシングを辞めた事を認めないかのようでした。


グローブやバンテージは全て捨てました。ボクシングを思い出すきっかけになるものを、自分の視界に入れることは苦痛でした。

時間は余っているけど、何をやりたいかわからない、何ができるのかわからない、そんな状態は頭が焦げつくほど苦しかったのを覚えています。

生きていても楽しいことは全くない、そんな事を僕は本気で考えるようになりました。僕は次第に一日の半分以上を眠って過ごすようになりました。




生きてる意味が見出せない毎日の中、「死んでしまおうか」と真剣に考える瞬間が増えてきました。

自分を大切に育ててくれた両親に恩を感じてボクシングを辞めたのに、死んでしまったら本末転倒じゃないか!


ぼくはこう思い返して抵抗していたのですが、死のうと思う瞬間が増えてくるとそのうち抵抗できなくってしまう未来が容易に想像できました。


「何か動き出さなきゃいけない。このまま何もチャレンジしなければ僕は死んでしまう。」

そう思った瞬間、本当に久しぶりに何か新しいことをやろうという気持ちが生まれてきました。


そしてどうせ何かするのなら自分の一番苦手な事を克服して自信ををつけよう。そうすれば一生何かにチャレンジし続けて、死ぬことなんて考えない人生を送れるはずだと考え、英語の資格で一番知名度のあったTOEICを受ける事に決めました。


すぐさま目標の点数を決めようとインターネットで調べたところ、700点を超えればかなり英語ができると人という事だったので、四ヶ月後のテストで700点を目標にしました。


後で調べてみるとTOEIC700点は理系の東大大学院生の平均スコア、800点は文系院生の平均スコアでした。英語一教科だけとはいえ、偏差値27が東大クラスまで学力を伸ばすという事です。


当時の僕はこれがどれくらい大変なことなのか分からず、あっさりと目標を決めてしまいました。


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学習の準備

一日8時間以上の勉強



最初に僕がやった事はTOEICの模試をやることでした。自分が英語をできないのは分かっていましたが、どのレベルなのか正確に把握しておきたかったからです。


また、WEB上で現在のTOEICスコアから目標スコアを達成するまでにおよそどの位の勉強時間が必要かを教えてくれるグラフを見つけたので、これを使って勉強計画をたてるという目的もありました。


しかし結果は散々たるものでした。TOEICは問題の解き方の部分の説明から英語なのですが、その説明すら分かる単語が一個もありません。僕の点数はまさかの測定不能という事でした。


ちなみに先ほど話したグラフを参考にすると、TOEIC200点(そのグラフは200点からしか数値が出てなかったのです・・・。)から700点までスコアを伸ばすために必要な時間は1000時間。


四ヶ月で達成するためには一日8時間以上の勉強・・・。僕の模試の点数が200点よりも大幅に低い事を考えるとそれ以上の時間が必要です。

しかも学校に行きながら、バイトもしながら、本当に寝る間も惜しんでやらなきゃ達成できないと感じました。


今更ながら、とんでもない目標を立ててしまったんだなと思いましたが、不思議と不可能という気はしませんでした。


それに何より自分の中にまたしっかりと固まった目標ができたのが嬉しくて、僕は学習をスタートさせました。




勉強の勉強


自慢ではないですが僕は自主学習というものをした事がなく、今まで学校で教わってきたような形しか学習の仕方しか知りません。


しかし、そのやり方が僕に合っているなら、偏差値27をとったりすることもないでしょう(笑)

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