離れる 〜僕が母の愛に気づくまでの道のり〜

前回、「守られる」の続きです。


自然になった距離

中学から始まった僕と母の別居は、僕が高校に入学しても終わらなかった。その頃には、もはやその距離が必要なものになっていた。その距離がなければ、僕と母はぶつかってしまう。不干渉であること、それが僕と母のルールになった。

母は僕に何度も帰ってくるように言ってきた。僕はその度に

「自分から出て行けと言っておいて何なんだ?オレの親をやめた人間の家に住む気はない。」

と突き放した。お母さん子の兄は、そんな僕に苛立って、僕を泣きながら殴った。無理矢理母の家に連れて行かれても僕は祖父母の家に帰ってきた。
僕の帰る家は、母の家ではなかった。
もはや、僕の両親は祖父母になっていた。

あの頃の僕にとって、母はどんな存在だったんだろう。

本気で僕は、母の存在を必要としなくなっていた。


決別

高校2年の終わり頃、母は僕を脅した。

「帰ってこないなら、大学のお金は払わない。」

脅しでしかなかったが、僕は

「帰ってやるから、煙草は台所の換気扇の下で吸え。禁煙が条件じゃないんだからできるだろ?」

母も、それならばと言って僕の条件を承諾した。
僕と母の二人暮らしが始まった。
母は二人暮らしが始まって一週間で僕との約束を破った。
僕が咎めると

「ごめん。もうしないから。」

そう言った。
その3日後くらいには母は約束を再度破った。僕が咎めると、母は決まり文句で僕の怒りを流した。
何度も、このやりとりは続いた。
僕は母に呆れた。母の親の品格の無さ、人間性に心底呆れた。

12月の寒空、僕は母を家から追い出した。扉や窓に鍵をかけて外から誰も入れないようにして、僕は母を外に放り出した。

「この家のルールを守れないなら、この家にいる資格はない。オレはルールを守ってこの家にいるのに、なんであんたがこの家にいるんだ?はやく出て行け。」

母は嗚咽しながら、窓から家に入ろうとした。そんな母の姿があまりに醜かった。僕は母を何度も殴った。
僕は本気で母を家から排除しようとしていたと後になって気づいた。もはや、僕は怒りと侮蔑しか母に対して抱いていなかった。もう涙も出なかった。

母は、土下座して僕に詫びた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
僕は許す気になれかったが、ここまでやればもう約束を破ることはないだろうと思い、母を家に入れた。
それから、同じ家にいても、全く会話がない生活が続いた。

その一週間後くらい。母はまた約束を破った。そして、開き直った。

「お前が殴ったことを謝らない限り、大学の金なんて払わないからな!」

もうダメだった。もう親子の平和的な関係には戻れない。やはり僕と母には距離が必要だった。そういう歯車になってしまっていた。

「じゃあ、オレがこの家にいる必要はないな。」

「ああ、ない!今すぐ出て行け!」

「いや、出て行くのはあんただ!どうしてもオレを排除したいなら殺せばいいだろ!」

「ああ、殺してやる!」

ついに僕は母に殺意を抱かれた。だが、僕は母を勝つ気でいた。
自分を怒らせることの恐ろしさを痛感させてやる。自分をナメると痛い目にあうってことを。

僕は警察に通報した。

「母に殺されそうです!助けてください!」

母は慌てた。

「本当に殺すわけないでしょうが!」

僕は慌てる母の姿をみて、高揚していた。もはや僕は、母をねじ伏せることに快感を感じていた。

警察は拳銃を持って家にやってきた。警察にこれまでの経緯を話すと

「やっぱり、離れて暮らした方が良いのではないでしょうか?」

警察にも別居を勧められた。
もうダメだった。僕と母はもう二度と同じ屋根の下では暮らせない。
次の日、僕は祖父母の家に帰った。
僕の帰る家は祖父母の家だけになった。


戻れない

その頃の僕にとって、母は明確なだった。本当に憎む敵べき敵だった。
僕との約束を何度も破り、同じ数だけ僕の信用を裏切り続けた母は、母親失格だと思った。
親子関係も、人間関係だ。そこには信用がついて回る。信用が破綻すれば、もう関係を保てない。
僕は母を信用できなくなった。母の差し出す食べ物には、毒が盛ってあるのではないかと本気で考えた。
僕は母に憎まれても仕方のないことをした。自尊心を踏みにじり、痛みを与え、屈辱を味合わせた。僕を殺そうとしても不思議じゃない。

ほとぼりが冷めて、ようやく冷静に話し合えるようになったのは高校3年の受験が近くなってきた頃だったと思う。
僕は私立の大学を志望していた。だが、僕の家の経済状況は兄の学費だけで疲弊していた。
国立の大学の学費でも払えないのではないかというくらいに。

僕は弱みを握られるのが怖くて、母には隠していた。だが、いつまでもそんなことを隠してはいられない。受験の日程はどんどん迫ってきた。
僕は渋々、母に私立の大学を志望していることを話した。

「お前が行きたいところに行けばいい。お前を高卒で働かせようなんて思わない。」

あまりに意外な返答にしばらく何も言えなかった。僕の読みは大きく外れた。

母は僕を許したのだろうか?
いやそれとも、母としての最低限の責任を果たそうとしているだけなのか?

親になったことがない僕には、まだその疑問の答えは分からない。


続きは次回。

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