キス・アンド・クライ(2)~ Midori Ito, Japan

前編: キス・アンド・クライ(1)~ Midori Ito, 5.9



一九九二年、カルガリー五輪の四年後、アルベールビル。

ダイナミックな「タンゴ・ジェラシー」の曲想。しかし、演じるその顔はまるで別人だった。笑みもなく涙もなく、見ている者が息苦しくなるほどつらい表情だった。

「ミドリ・イトウ、ジャパン、ファイブ・ワン」(Midori Ito,Japan, 5.1)

二日前の練習ではコンビネーションジャンプを十四回失敗していた。心臓が張り裂けそうなプレッシャーだった。そのために確実性の高いトリプルルッツにプログラムを変更したが転倒した。キス・アンド・クライで聞き、見たジャッジは、それまでの数年間に見たことがないほど低かった。

泣くことも笑うことも、手を振ることもできなかった。


翌日、フリープログラム。

誰のためでもなく、自分のために飛ぶ。そう決めた。

四分間のフリープログラムを演じきることは、千メートルを全力疾走することと同じ。しかし、それを楽しむのだと誓った。


「自分が決めたことに挑戦すること」

「最後は笑顔であること」


だからこそ、精いっぱいの思いをこめた。そして、泣けるくらい高く飛んだ。

「ファイブ・エイト、ファイブ・ナイン、ファイブ・ナイン」(5.8、5.9.5.9)

完璧なジャンプだった。


伊藤みどり。

アルベールビル五輪、女子フィギアスケート、銀メダリスト。


彼女は、僕がほんとうに待ち望んでいたものは金メダルではなかったことを、強い気持ちをもって果敢に挑む姿であったことを教えてくれた。

その爽快な笑顔は僕の記憶に焼きつき、今もなお色褪せることがない。


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