いつも、それはそこに置いてあった。

物心ついた時から、朝起きると食卓にお菓子が置いてあった。

今の実家に来て、もう20年以上が経つ。

前の社宅も覚えているけど、幼稚園の年長組から住んでいる今の実家は、

僕が物心ついた時から今までの歴史とほぼ同じだ。


今でもそうだけど物心ついた時から、朝起きると食卓にお菓子が置いてあった。

その前の晩には確かに無かったのに、物静かな朝、幼き僕の眠い目には確かに食卓にポツンと置いてあるお菓子が目に映し出される。

毎朝ではないけれど、日常的にそういう光景があった。



僕は、子供の頃からそこまで甘いものは好きではなかった。

クッキーや饅頭よりも、せんべいやおかきを好んで食べる。

だから「お菓子」と名のつくもののパーセンテージについて、甘いものに偏っているという動かしがたい現実を見れば、およそ僕は「お菓子好きな子供」とは言えない子供だった。

子供時分からそうなのだから、大人になった今の味覚はより顕著だ。



にも関わらず、どうにも大人というのは贈り物が好きらしい。

この歳になると、やれどこへ行っただの、知人から貰っただのでお菓子を配られる。

いや、別に吐き気がするほど嫌いというわけではないので、それが物凄く迷惑だということは無いのだが、"美味しくいただけるのは気持ちだけ"で特に、甘い甘いお菓子自体にはあまり興味が無い。



けれど大人になった僕は「食べる」「食べない」という二択以外に、

「人の喜びを感じる」という魅力的な選択肢があることを知っている。

僕は甘いものはそこまで好きではない。

食べて美味しいと思うけど、お腹が減っていないとその喜びを知っている人ほど、

僕は幸せにはなれない。



だったら、誰かに譲れば良い。

その人が、僕が譲ったお菓子を僕なんかよりずっと美味しそうに食べてくれるなら、僕はきっとその方が、自分が食べるよりもずっとずっと大きな喜びを得られるだろう。



だから、甘いお菓子を貰った時の僕の選択肢はたいてい"持って帰ろ"

その時、甘いものが好きな彼女さんだったり、

母さんだったり妹だったり祖母ちゃんだったり。

そんな人達の笑顔が僕の脳裏に浮かぶ。



そうか。そういうことだったのか。

そういえば、父さんも甘いものはあまり好きじゃない。



著者の清永 啓司さんに人生相談を申込む

著者の清永 啓司さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。