ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で関西大会に出た話(捨て身の真剣さは必ず伝わる)

4.捨て身の真剣さは必ず伝わる

 

このように派手に引抜をやっていると、校内でもだんだん知られるようになってくる。

どこからともなく3年生が、なまいきやから潰すといっているという噂が校内に流れた。

「うちの先輩らが、『1年ぼうがフットボールを作ろうというてるみたいやな。なまいきやから潰したろか』というてるで。あの人らは怒らしたらほんまに怖いで。気いつけときや」

あるとき、僕とMにクラスメートの一人が親切にも忠告してきた。

3年生のそのグループは市内でも名前が知られたつわものぞろいだった。僕は、それを聞いたとき、本気になったら潰されると思った。今までは、単なる噂であってほしいと願っていたが、とうとう噂が現実になってしまった。

そう思うと僕は何か得体の知れない不安感に襲われた。急に体全体が鉛になってしまったような感覚がした。

「うし、どないするん」

Mが心配そうな顔をした。

その顔を見て、僕は全て一人で背負い込んだ気分になった。生まれつきの性分だった。

いつか呼び出される。僕は覚悟した。

 

秋が近づいたある日。

外に出ていても、午後も3時を過ぎると日中の暑さが嘘のように涼しく感じられるようになっていた。

僕らは、よくプールの前で部員集めの相談をしていた。体育館とその南側の斜面との間の狭い通路を抜けると、体育館の裏側に出る。プールはそこにあった。大きな体育館の影になっていて普段は人目に付かない。僕らはいつもと同じようにそこで相談をしていた。水泳のシーズンも終わり、辺りには人気がなく、お尻の下のコンクリートがひんやりと冷たく感じられた。

しばらく話し込んだところで、体育館の横から微かに話し声がするのが聞こえた。

すぐにその声が大きくなったかと思うと、3人の男が体育館の横から姿を現した。

あのグループだ。

僕は一瞬まずいと思ったが、どうすることもできなかった。

すぐに僕たちは見つかってしまった。

彼らは両手をポケットにつっこんだまま、顎から先に歩いているような独特の歩き方で、僕たちの所へやってきた。

「お前ら、フットボール部を作ろうとしとるんか」

グループのリーダー格のJが、一番近くにいた僕に話しかけた。

髪はリーゼントで、少し細めの顔にはメガネをかけていた。そのメガネのレンズは妙に細長く、おまけに下側が顔に向かって傾斜していた。およそ目の悪い人がかけるには程遠い形をしたメガネだった。

「そうです。同好会ですけど。フットボール部を作ろうと思っています」

僕は、必死に平静を装った。

「1年ぼうのくせになまいきやな」

Jは能面のような冷たさでそういうと、突然右手を差し出して僕の腕を捕まえた。あっという間の出来事だった。

Jは僕の腕を抱えると、鍵のかかっていない扉を開けて、僕をプールの中へ連れ込んだ。

それを見たMたちは、蜘蛛の子を散らすように一斉にその場から走り去った。

 Jはそのまま僕をプールサイドまで強引に引っ張った。

そして、水際までくると、僕のズボンのベルトに手をかけた。

僕をプールに投げ込もうとしたのだ。

Jは、あまり体が大きい方ではなかったので、僕はその気になれば、抵抗することはできた。しかし、僕は、あっさりと、Jの思い通りにプールに投げ込まれた。いや、投げ込ませてやった。といった方が正確だった。

 ここで、変に抵抗するより、下手に出て仲良くなった方が得策だと、水を目の前にして咄嗟に考えたからだ。

Jは抵抗することもなく、僕があっさりとプールに投げ込まれたので、一瞬拍子が抜けたような顔をした。

ザブーンという大きな音をたてて、僕はプールの中に落ちた。一瞬遅れて跳ね上がった水しぶきが収まると、Jの手が僕の頭にかかった。

Jは、そのまま僕の頭を押さえて、水の中に押し込んだ。

僕は抵抗せずに水の中でがまんしていた。そのうちに手を放してくれるだろう。そう思っていた。

が、考えが甘かった。頭は押さえ付けられたままで、そのうちにだんだんと息が苦しくなってきた。

うそやろ。ほんまに殺す気か。不安になって水中でもがいた。まだ頭は押さえつけられている。

小さい体に似合わず、Jの力は強かった。僕は簡単に投げ込ませてやったことを、今になって後悔した。

 

死ぬかもしれない。大量の水を鼻から吸い込んで、意識が薄れかけたとき、釣った魚のように強引に頭を引き上げられた。

顔が水面に出ると同時に、僕は両ひざに手を着いて、激しく咳き込んだ。

喉の奥が火傷したように痛かったが、体はお構いなしに大量の空気を吸い込んだ。しばらくそのままの姿勢でいると、呼吸が少し楽になった。

 

僕は背中で息をしながら、大きく頭を下げた。

「U先生が顧問をしたろうというてくれてます」

「先輩、たのんますわ。つぶさんといて下さい」

そう言い終わると、僕はじっと下を向いていた。もう冷たくなりかけていた水が、頭から流れ落ち、僕の顔をつたっていた。

 

しばらく時間が止まった。

 

僕が頭を下げたままにしていると、突然後ろで水しぶきの上がる音がした。ザブーン、ザブーン、その音は、続けざまに何回も聞こえた。

驚いて僕が振り向くと、そこには学生服のまま、ずぶ濡れになったMたちの姿があった。

いや、Mたちだけでなく、何十人もの同級生の顔がそこにあった。

僕がJに捕まった後、Mたちは緊急事態だと、まだ学校に残っていた1年生に手当たり次第に声をかけ、プールまで引っ張ってきたのだ。

僕が、振り向いたことを確認すると、Mが小さく頷いた。

次の瞬間

「先輩、どうかつぶさんとって下さい」

後ろの数十人が一斉に大声を上げたかと思うと、水面すれすれまで頭を下げた。

それを見た僕は、前を向き直すと、真っ直ぐにJの目を見ていった。

「先輩、このとおりです」

今度は静かにゆっくりと、頭を下げた。

 

Jは、しばらく黙って僕の方を見ていた。その顔は恐ろしく無表情だった。が、Jは突然くるりと背を向けた。

僕には、背中を見せる前にJが一瞬笑ったように見えた。

その後Jは何も言わずに扉の方に歩きだした。そして扉の前まで来たときに、後ろを向いたまま、大きく片手を上げた。

僕たちは、身じろぎ一つせずにその様子をじっと見ていた。

Jは上げたその手で扉を開けて、そのままプールから出ていってしまった。それからしばらくして、Jたちは僕たちの視界から消えた。

 

僕は、その場で空を見上げた。

(終わった)

空はもう、透き通るように高くなっていた。

 

それ以後、Jは、僕によく声を掛けてくるようになり、他にも潰すという噂は聞かなくなった。

U先生が顧問であることを知ったのが理由かも知れないが、本当のところは、僕には分からない。

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