ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で関西大会に出た話(10.最初はぼろ負けで当たり前)

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⒑最初はぼろ負けで当たり前

 

2年生の春、初めての練習試合が計画された。相手は、関西学院大学高等部。ここしばらくずっと日本一の学校。

U先生が独断で申し込んだものだが、初試合が日本一の高校とは、なんとも無謀な組み合わせだ。

関西学院大学の顧問の先生が、三木高校にフットボール部ができたことに好意的で、ばかにすることなく、試合を受けてくれたので実現した。

僕らを前にしてU先生がこの試合のことを告げたとき、

「え~、うっそみたい」

と僕らは驚いたが、反面初めて試合ができるうれしさもあった。

根っから単純な僕らは、それからはいつも以上に気合を入れて練習をした。

 いよいよ試合当日になった。

兵庫県の山奥から、神戸電鉄で新開地駅まで出て、そこから阪急に乗り換えて西宮北口まで行く。そこでまた今津線に乗り換えて甲東園まで行く。3時間近くかかる道のりだ。大きな防具をかかえて集団で電車に乗り込むものだから、僕らは周りのお客さんから物珍しそうにジロジロと見られた。

 僕らは阪急甲東園から曲がりくねった山道をバスに揺られて、やっと関西学院大学のキャンパスに着いた。大学など見たことのない田舎者たちは、正門を入ったところにチャペルがあるのを見て、場所を間違えたと思った。

「ここ教会と違うん?」

誰かがいった。

道行く人に聞いて、そこが大学であり、高等部はその隣にあることが分かった。

「都会はすごいわ。学校に教会があるなんて」

僕らは、勝手に思い込んで感心していた。

そして、やっと見つけた高等部は、チャペルを左に曲がった大学のキャンパスの片隅にあった。

 僕らはようやく高等部にたどり着き、関学高等部のマネージャーに着替えをする教室を教えてもらった。そこで着替えて、簡単な練習をした後、いよいよ試合開始となった。

 

試合前に整列すると、関学高等部は、90人。フィールドの端から端まで、数えられないほど選手が並んでいる。一方、三木高校は、たったの18人。

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