嫌い…ツナとグリンピースと母
プロローグ
「やっと分かった…あたし、お母さんの事が大嫌いなんだ…。」
「でもお母さんはあなたのことを女手一つで立派に育て上げたじゃない!それだけでも感謝しなきゃ」
「うん…そうだね。」
彼女は分かっていた。例え誰に愚痴をこぼそうと、相談をもちかけようと、同じ答えが返ってくることを。でも誰かに分かって欲しくて、誰でもいいから誰かに私を見て欲しくて…。あてもなくふらふらと彷徨っていた。
「あたしなんか生まれなきゃ良かったんだ…。ただの人形にしかなってないじゃん。あたしはただの…お母さんが作った一つの作品に過ぎない。お母さんの頑張りや、苦労や、意地やプライド…それを表した人形…。それがあたしなんだ。」
彼女の中で、確実に何かが蝕まれていく。自身の崩壊。虚無。反抗と言うべきなのか、自殺行為にも近い行動。それだけが彼女を歩かせていた。
夜の新宿。通い始めてからわずか2日ほどで、どこに行けばナンパをされ、どこに行けばご馳走されるのか、そしてどこに行けば自分が売れるのか…。彼女は全てを把握していた。
「今日はどーしよ。とりあえず飲みたいな…。」
駅から繁華街へ歩いていく。人ごみは彼女を存在させるのには十分なほどに流れていた。
「おねぇさん!ちょっとだけ寄っていかない?女の子はタダで飲み食い出来るからさ!」
同じ種類の人間であることがすぐに分かるスーツ姿の男性が、通せんぼをして話しかけてきた。
「ちょうどいいやー。ビールと何かおつまみちょうだい」
「おっけ!入ったらすぐに持ってくよ。ありがとねー。」
お見合い喫茶…女の子はタダでアルコール、ノンアルコール、お菓子、軽食、カラオケなど、好き放題頼めて何時間居てもいい。男性はあらかじめ料金を払い、向かい合うカウンターで酒を飲んでいる。気に入った女の子が居ればその場でカードに番号を書き、女の子がOKすればカップル成立。別席へ移動し、トークタイムが始まる。
彼女が店に入ると、既に店内は異様な空気で包まれていた。チラチラとこちらを見る男達を睨み返し、ソファーに座る女の子達を見る。
(どれもブスばっか…ってか、怖いねー。あんな優等生っぽいのまで来ちゃってるよ。)
一通り確認し席につくと、すぐにビールと乾き物が運ばれて来た。彼女はタバコに火をつけ、ビールに手を伸ばす。
「できればお誘い来たらOKしてくれないかな⁈今日全然なんだよね。」
慣れた様子の彼女を見て、入口で声をかけてきた男がコソコソと頼み込んできた。
「でもすぐには嫌だよ?シラフだし、疲れたし。様子見で。」
男は小さく手を挙げると、奥へと戻って行った。それと同時に、別の男がテーブルへとやってきた。目の前にカードが置かれる。カードには簡単なプロフィールと、一言メッセージが添えられていた。彼女は奥でお願いのポーズをとる男を睨み、躊躇なくNOの項目に丸をつけた。
「え!早くない!?ちょっとでいいから話してみてよ。」
カードを運んできた男がすかさず頼んできた。
「さっきあっちのお兄さんにも言ったけど、もーちょっとゆっくりしたいんだよね。」
ビールに口を付けながら素っ気ない態度をとる。諦めた男はカードを出した男性に一言話し、奥へと戻って行った。
彼女が席についてから30分程だろうか。再びスタッフの男がカードを運んでくる。
「もうゆっくりできたでしょ!お願い!」
彼女も退屈を感じ始めていた。はいはいと言わんばかりに、YESの欄に丸をする。
「ありがと!んじゃ、あっちの席ね!」
飲みかけのグラスを早々と運び、男性に声をかけ、彼女を席へと促した。
「こんばんは」
選んだ男性がにこにことしながら話しかけてくる。彼女はすっと息を吸うと、まるで今までとは違う雰囲気で答えた。
「こんばんは!マリです。お誘いありがとう」
「マリ」は本名ではない。とっさに出てきた名前だった。お見合い喫茶と言えども、言い方を変えれば売春のための出会いの場でもある。彼女はここに来ている男達の本性を見抜いていた。得体の知れない相手に本名どころか、出身や住んでいる所、時には年令までも偽っていた。自分の掌で転がって金を落とす男に優越感を覚え、一つのゲームとしてその時を楽しんでいたのだ。
「そろそろ出ない?ここにいるとお金取られちゃうからさ!」
男からのサインだった。こんな時、彼女から誘う事は絶対にない。自分は手放すとすぐに居なくなる女、何かで繋いでおかないと一緒に居られない。そんな焦らす意味でもあり、確実に金を手繰り寄せるための彼女の作戦でもあった。案の定耳元でコソコソと伝えられたのは、買うための金額だった。彼女ははずかしそうにしながらも嬉しそうに笑顔を作った。
「でももう少し飲みたいな…。そこらへんの居酒屋でいいから、飲んでから行かない?」
男性は快諾し、2人で店から出て行った…。
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