嫌い…ツナとグリンピースと母

1.無垢な少女

この話は、実際に起きていた出来事であろう、1人の彼女の話である。

神奈川県某所。少女は生まれてからすぐに父親という存在が居なくなった。記憶はない。顔も覚えていない。父親という存在。幼い心には、寂しさも無ければ、なぜ父親が居ないのかなど、気にする必要が無かった。
少女には祖父母、叔父、母、弟、猫と、家族がすぐ近くにいた。母子家庭でも何不自由ない生活を送り、毎日がわがままやお手伝い、遊びにと過ごし、すくすくと育っていった。
やがて、祖父が亡くなり、叔父が結婚をし、家には祖母と母親、弟と少女の4人だけになった。この頃からだろうか…少女の心は少しずつ腐食しはじめていた。
小学生ー少女はとても明るかった。友達も多く、男女分け隔てなく遊べる子になっていた。
一見、何も心配ないように見えた少女だったがその反面、秘密をたくさん持つようにもなった。落ちていた財布からお金を抜き取ったり、母のタバコをこっそり吸ってみたり…。誰もが一度はやりそうなイタズラをしていた。そして、この時はまだ自分が犯罪という名のイタズラに手を伸ばす事になるなんて、思ってもみなかった。
そんなある秋の日のこと。少女が学校から帰ると、家のガレージから猫の鳴き声が聞こえてきた。
「ねーママ!子猫がいるよ!上の方から声がするの!」
声はガレージの棚に置いてあるドラム缶の中からだった。
「あらほんとだ!ここに住みついちゃったのかな?お母さん猫がいないね。」
「そのうち戻ってくるんじゃない?うちじゃ飼わないよ!」
祖母が顔をのぞかせ、ダメダメと手を振っていた。しかし、小学校一年生の少女にとって、動物は可愛い以外のなにものでもなかった。特に猫に関しては、アレルギーを持っていても野良猫や近所で外飼いされている猫を触っては湿疹が出てお風呂に入る。その繰り返しで、少女本人はそれでも毎日猫と遊びに行く程だった。
「ねー。うちでその子飼おうよ!飼いたい!!」
少女は母親と祖母の顔を交互に見ながらおねだりをした。
「おばぁちゃんがダメって言ったでしょ!それに世話だって大変なんだよ?」
「えー!やだー。おばぁちゃん!お願い!この子うちで飼おうよ。」
少しすねはじめた少女だったが、祖母は一言ダメだと言って部屋へと戻って行ってしまった。結局その日、少女はおねだりを諦め、眠りについた。
そして次の日の朝、いつもより少し早く起きた少女は、母に頼み子猫を見るためにドラム缶を下ろしてもらった。
「触っちゃだめだよ。子猫に人間の匂いがつくと、お母さん猫が面倒をみなくなっちゃうから。」
「そうなの?大丈夫!見てるだけ。」
少女にはその事実が信じられなかった。こんなにも可愛くて、まだ目も完全に開いていないような子供を、母親が見捨ててしまうなんて。少しだけ、寂しい気持ちになった。そして少女は子猫に別れを告げ、学校へと出かけて行った。
その日の帰り、歩いてわずか5分の距離を、全力で走って帰った。早く子猫に会いたくて仕方がなかったのだ。そしてガレージが見えてくると、少女は走っていた足を止めた。母親と祖母が2人でガレージからドラム缶を下ろしていた。少女はゆっくりと歩いて行った。
「何してるの?」
「うわ!びっくりしたー。おかえり。」
母親が後ろから声をかけられ、肩をひゅっと上げて驚いた。そしてドラム缶を覗きながらニコッと笑い、少女に言った。
「今日見てたら、お母さん猫が帰って来なくてね。これから寒くなるし、このままだと死んじゃうから、うちで飼う事になったの。」
「ずーっと鳴き続けていたからね。可哀想になっちゃっのよ。」
祖母が続けてニコニコしながら言った。少女はやったー!と万歳をしながらそこら中を駆け回った。そして新しく段ボールにタオルを敷いた家に引っ越した子猫は、暖かくなったのかスヤスヤと寝ていた。
そんな子猫をながめながら、少女は思った。「あたしが飼おうと言いはじめたのに…。なんであの時ダメなんて言ったんだろう。」その時はまだ、小さな疑問で終わっていた。
子猫と少女はみるみるうちに大きくなっていった。子猫の名前は少女が付けた。おやつのパンを食べれば、かけらを猫に与え、昼寝をすれば、隣で寄り添うように眠っていた。
そんな少女は成長と共に、気づけばいつも友達の輪の中心にいるようになった。そして子供会のドッヂボールチームでは、副キャプテンになり、姉御肌な一面をのぞかせていた。少女のチームは市内で一二を争う強さだった。そして、試合があるたびに差し入れをいれてくれる母は、何より嬉しそうで、少女もそんな母が大好きだった。
そう。まだこの頃は母が大好きだった。


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