1台のレコードプレイヤー-言葉は交わさずとも心の通じる瞬間がある

 今回は、"一台のレコードプレーヤ”についてお話しします。

 私は大学生時代にアメリカンフットボールをやっていました。

 入学した当時は創部間もない同好会でしたが、私が3回生の秋に
関西学生の一部リーグに昇格しました。

 事件はその翌年、私が4回生の夏に起こりました。 

 当時私は高校でのフットボール経験者であったこともあり、ディ
フェンスバックのポジションリーダーを務めていました。
 
 ある夏の練習での出来事です。
 
 炎天下での練習が何日も続き、そろそろ皆の疲れがピークに達し
ていました。
 
 そんなある日、練習に来てみると、2回生のTと4期生のSが練習
に顔を出していません。

 Sは、福井県の出身で下宿をしており、休講の時など私はよくその
下宿に転がり込んで、一緒にS自慢のレコードプレーヤーでレコー
ドを聞きながらコーヒーを飲んでいた仲でした。

 私は、他の者にTとSが練習を休むことを聞いているか確認しまし
たが、誰も聞いていません。

 無断で練習を休んだのです。

 このことを私は許せませんでした。これがきっかけとなって、皆
が雪崩的に練習を休む危険性があるからです。

 翌日の練習にはTとSが顔を出していましたので、練習が終わると
すぐ、皆を集めて私はこう言いました。

 「二人ともなぜ、無断で練習を休んだんや。理由をゆうてみい」
 
 二人は返事をせずに、だまって下を向いているだけでした。

 「そうか。理由はないねんな」

 私は、そう言い終わると、二人を順番に殴り倒しました。

 けじめだと考えていたからです。できれば仲のよい同級生を殴り
たくはありませんでしたが、下級生だけを殴るわけにはいかず、
仕方ありません。

 同級生のSは、じっと黙って下を向いていました。

 この事件の後で、部内は騒然としました。

 「部員を、それも同級生まで殴るとはやり過ぎだ」

 と。

 私学の運動部と違って、しごきなど経験のない部員から一斉に批
判を浴びました。

 やがて、秋のシーズンが終わり、4回生は引退しました。

 そして、Sは、すぐに福井県に帰ることになりました。

 Sから福井県に帰る日を知らされていた私は、当日、下宿にいって
挨拶をしようと思っていたのですが、あいにく急用ができて、Sの
下宿に着いたときには、正午を過ぎていました。

 下宿に着いて、ベルを押しても、返事がありません。まさかと思
って、玄関を開けようとすると鍵がかかっていました。

 「しまった。遅かったか」

 そう思って、愕然としていると、隣のおばさんがやってきました。

 「岩崎さんですか」

 「はい、そうですが」

 「S君は、今まで待っていたんやけど、汽車の時間があるからと出
  て行ってしもうたわ」 

 私が、がっかりとして帰ろうとすると

 「ちょっと待っといて。S君から預かり物があるんよ。岩崎が欲し
  がっていたから、来たら渡してほしいというて」

 そう言うとおばさんは、一台のレコードプレーヤーを持って出て
きて、私に渡してくれました。

 その後Sとは会っていませんが、そのプレーヤーは、25年経った今
でも、私の宝ものです。


 私は、あの事件以来、チームのため、自分のために友達を犠牲に
したのではないかと考えることがありました。
 
 でも、一台のレコードプレーヤーがその悩みを吹き飛ばしてくれ
ました。

 そして、あの阪神淡路大震災のときにも、一番に安否確認の電話
をくれたのはSでした。

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