ララパのパセハ
小学四年生になる長女にとって、春休みの最大のミッションは初めてのプリクラを撮ることだった。
長女は同級生三人と五キロほど離れたショッピングモールに行くことを画策していた。それぞれのママに小さな野望を伝えなければならないということと、正直に言っても校区外に子供たちだけで遊びに行くことをママ友たちは承知しないだろうということを話し合った。
目指す市街のショッピングモールはララパーク。
その二階のパセリハウスという雑貨屋の隣にプリクラがある。
そして、「ララパのパセハ」が初めてのプリクラのコードネームとなった。
ある日、長女は掃除機をかけている妻に話をもちかけた。
「おかあさん、ララパのパセハでな」
「なんて?」
掃除機を引きずりながら妻は無頓着に背中で聞き流す。
「ララパのパセハやよ」
「なになに?」
「ララパのパセハに、いつもの四人でな」
「ララパとか、パセハとか、何のこと?訳のわからんこと言わんといて」
「あのな、ララパはララパーク。パセハはわかるやろ?」
「なにそれ?」
「パセハはパセリハウス。パセリハウスはな、ナメコのペンケースを売ってるお店」
「ペンケースほしいなら、おとうさんにお小遣いもらってよ」
寝転んでテレビを見ている僕にも飛び火しそうになる。
想定外の展開に長女が言葉を探していると、妻は、
「いつもの四人っていうのは、あんたとハルとユウナと、あと一人は誰?」
「なっちゃん」
「あんたとハルとユウナとなっちゃんやな。あんたら、仲ええでなあ」
「そうやけど、あのな」
長女は思いきって切り出す。
「あのな、いつもの四人でな、ララパークへ行って、パセリハウスの隣にあるプリクラを撮りたいの。行ってもいい?」
妻は掃除機をオフにして、ふうっと一息ついた。
「行けば」
「えっ?」
「行けばええやん。そやけど、どうやって行くの?歩いてく?自転車?遠いよ。気をつけていってらっしゃい」
あっけなく妻が承諾したために、長女はむしろ困惑して、
「そやけど校区外なんやよ。子供だけで行ったらいかんって、先生が言うとった」
「ハルのおかあさんが買い物に行くとき、一緒に車に乗せてもらって行けばええやん」
長女は、にわかに啓示を得たように嬉々として電話を手にとった。
「もしもし、ハル?おかあさんが行ってもいいって。ハルのおかあさんが買い物に行くとき、みんな乗せてもらって行こ!」
長女が僕に歩み寄ってくる。
僕は財布から百円玉を取り出して、その小さな掌に握らせた。
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