そうだ、フィリピンへ行こう!ただ、希望だけを握りしめていた20歳の奮闘記その②

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あの日、フィリピンへと旅立つまでは、僕は比較的狭い世界で生きてきたと自負しています。

 

自分のことは完全に棚に上げ、

そして全てを外部環境のせいにして、その訳を説明していきたいと思います。

 

思い返せば、僕がit's a small worldの住人になり始めたのは、中学生の頃からでした。

 

小学生の頃は、ソフトボール、水泳、ピアノ、学習塾、
キャサリンによる英会話教室と、様々な習い事に通っていました。

 

とある消費者金融のチワワのCMのおかげかどうかは知りませんが、
世間はペットブーム真っ只中で、実家のペットショップはそこそこ景気が良かったようです。
経済的にも余裕があったのか、色々なことを経験させてもらったなぁと今では両親に感謝しています。

 

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学習塾に通い始めたのは、小学校5年生の頃からでした。
理由は、親に勧められたからなんとなく。

 

真面目に勉強はしていたのですが、塾での成績は芳しくなく、
テストではいつも下から3番目あたりをうろちょろしていました。

 

そもそも周りの奴らがなんでこんなに勉強ができるのか不思議で、

世の中には頭のいい奴がごまんといるもんだと学習しました。

 

幼いながらに劣等感を味わったのを鮮明に覚えていますが、
塾のおかげで、学校の成績はかなり良かったので、なんとか自尊心を保つことができました。

 

 

「週2の塾に負ける学校の勉強って何なんだろう?」と疑問を感じましたが、

当時はモーニング娘に夢中で、日本の教育改革に大志は抱いていない派だったので、

そんな疑問は一瞬で消え去りました。

 

小学校6年生になったとき、
「せっかく塾に通ってるんだから、中学受験でもしてみたら?」
と塾の先生に言われたので、素直な僕は受験をすることにしました。

 

いわるゆ記念受験です。
特に志望校もないので、先生から勧められるがままに、家から近い私立中学を適当に受験しました。

 

結果はびっくり。
届いた合格通知には「特待生」の文字が。

 

そこは中高一貫の学校だったので、
それは6年間学費がタダということを意味しました。

 

母親は大喜び。

 

親族はべた褒め。

 

気をよくした僕は、これまた深く考えずに、
合格した私立中学へと進学することにしました。

 

理由は、サッカー部があるから。

当時「シュート」というサッカー漫画に夢中でした。 

みんなの読んで良かった!