ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ③ 意外な人

前話: ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ② 孤独


あくまでも私の経験でしかないけれど、心は病んでしまうと感情の波が激しくなる。

波打つ頻度は多くなり、波そのものも大きくなるような感じ。


急性期はまるでジェットコースターのよう。

些細なことでも深く落ちこみ、ちょっとずつちょっとずつ時間をかけて明るい気持ちが

出てきたかと思ったらまたストーンと落ちこむ。





それが少しずつ落ち込む深さが浅くなって、小さなことでは落ち込みにくくなっていく。


私が「意外な人」と出会ったのは、さほど深くはないがなかなか抜けられない

落ち込みの泥沼に、はまっていた時だった。





どう生きていったらいいのか分からず、ネット上をウロウロしていた。

私がどう生きていったらいいのかなんて、いくら検索してもみつかるわけがないのに。


そして「生きること」を突き詰めすぎた結果、またしても「死」を考えるようになってしまっていた。

正確な言葉は覚えていないけれど「死にたい」とか「自殺」とか、そんな言葉を検索ワードに

ネット上をさまよっていた。

そんな検索の仕方で辿り着く先の多くは「メンヘラ」の心の叫び。


当然、気分は暗くなる一方。

自分も「メンヘラ」の一員でありながら「メンヘラ」って気持ち悪いなと思ったりもした。

嫌ならやめればいいのに、見るのをやめられなかった。

それしかできなかったから。


そんなある日、うつ病経験者Nさんのブログに出会った。

それまでにも「メンヘラ」のブログはいくつも読んでいたけれど

“こんな症状が辛いです。この薬を飲みました。こんな経過で病みました。”

というものばっかりだった。


でもNさんは違った。

当事者だからこそ書ける具体的な症状やその対処法、療養中の過ごし方もあれば、

気持ちがラクになるような音楽や本、映画の紹介もあれば、

現実的な死活問題であるお金や仕事の話もあり。

そして、私がNさんのブログに惹きつけられた一番の理由は、

書かれたコメントに必ず返信しているからだった。


最初は見ているだけだった。

Nさんが書いたブログを読み、読んだ人のコメントを読み、Nさんの返事を読む。

Nさんが調べてリンクを貼ってくれた情報を読む。

Nさんが勧めていた映画を見てみる。

そのうち、Nさんのブログを読むとなんとなく安心に似た、どこかほっとするような

気持ちがわくようになった。


病んでから、そういう暖かい気持ちをもつことが無くなっていたので

私がNさんのブログに、はまるのに時間はかからなかった。

その当時、Nさんのブログは1〜2日に1回くらい、だいたい19時頃に新しい記事が公開されていたので

私は毎日19時過ぎるとNさんのブログに通っていたほど。


昼間は過去の記事をひとつずつ読んでいった。

内容によっては読むのが辛いものもあったので、読めそうな記事・読みたい記事から読んでいった。

自分が元気になった分だけ、じわじわと読める記事が増えていった。

2ヶ月くらいで全部読んだ。

全部読み終えた時、私はNさんに全部の記事を読めたこと、その間にあった自分自身の変化を

コメント欄で伝えた。

その日のうちにNさんから返事があり、その中に「今、このブログの記事数は235。」

という一文もあった。


私は235記事読む間に、Nさんと何度もやりとりをしていたのだった。

はじめの頃は記事を読んだ感想。

赤の他人のブログにコメントしたことが無かったのでドキドキしながらも

書かずにはいられなかったのが発端だった。

「コメントありがとうございます」という言葉からはじまり、暖かい言葉が並ぶNさんからの

返事がとても嬉しかった。

病んでいる私にとっては、それが社交辞令だったとしても「ありがとう」という言葉は受けると

元気な時に言われる「ありがとう」の何倍もパワーをもらえた。


そして、当たり障りの無いやりとりを続けていくうちに、私は自分自身のことをNさんに

打ち明けるようになっていった。

仕事のこと、兄を亡くしたこと、「メンヘラ」に対して偏見を持っていたこと…

こういうことにもNさんは真っ直ぐに向き合って返事をくれた。


あんなに嫌いだった「メンヘラ」。

ざっくりくくれば「メンヘラ」の一人であるNさんに私は何度も救われた。

Nさんから帰ってくる言葉のほとんどは共感や容認だった。

でも、それだけだったら傷の舐め合い。

Nさんは「それは違うんじゃないか」と言ってくれたこともあった。

だからこそ、Nさんの「そうだよね」は私にとって大切なものだった。




家族とも友達とも接触を断って、寂しかった。

今までの私を知っている人の方が細かい事情を言わなくても話せることがある。

でも、なぜか私が心を開けたのはNさんだった。


Nさんのブログでなら、良いことも悪いこともそのまま言葉にできた。


頑張りたいと言えば応援してくれる。

頑張りすぎてると、それに気づかせてくれる。

頑張れない時があってもいいんじゃないかな、ということにも気づかせてもらった。


私に必要だったのは、キレイゴトのなぐさめや励ましではなかった。

ネットの検索ワードを考えることでもなかった。

あーのこーのやりとりをする中で、自分が持っている答えに気づくことだった。































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