ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ② 孤独

前編: ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ① 絶望
後編: ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ③ 意外な人


メンヘラ生活は、時間を追うごとに孤独感を強めていった。

外に出るとしたら病院やスーパーへ行くくらい。ほぼ家にこもっているような生活。


はじめの頃は心配して、電話をくれた友達と話すことができた。

何時間も泣きながら話したこともあった。

しかし、そのうちに電話をするのが辛くなった。というか、話をすることが辛くなった。

でも、メールはできた。

内容によっては読んで数日考えてから返信することもあったけれど。


だんだん、返信する内容を考えるのが辛くなっていった。

『最近どうしてる?』

『具合はどう?』

『気分転換に美味しい物 食べに行こうよ』

私のことを気にかけてくれたことはありがたいと思っている。

でも

「寝れない。食べれない。気力もない。横たわってる。」

「辛い。」

「出かけて行って食事するパワーなんて無い。」

なんてぶっきらぼうな返し方はできなかった。

だから、考える。嘘は言いたくないけど、そのままの自分は伝えづらかったから。


「相変わらずひきこもってるよー。」

「前よりは少しいいかな」

「ごめん。外食はきついわ・・」

当時の私が考えた精一杯のメールを返した。

そして、どっと疲れる。自分のダメさに嫌気が差す。

病む前はポンポンとメールを受けて返して、とやりとりしていたのに

そんなことすらできなくなってしまったんだ…と。

会えば何時間も話をしていた相手に対しても、これっぽちのことしか言えないんだ…と。

みんなフツーに働いているのに私は……。


その積み重ねで、メールを読むことが辛くなった。

メールを読んだら、なんて返そうか悩む。それが辛い。


私のガラケーが開かれる頻度は減っていった。

二つ折りのままのガラケー。

たまに、着信やメール受信を知らせるイルミネーションがピカッピカッとする。

そのピカッピカッに、ビクッとするようになってしまった。


ガラケーを裏返しに置くようになった。

それでも、夜になると床とガラケーの間から光が漏れる。


もういやだ。




私はガラケーの電源を切った。









しばらくは、なんとなく何かを期待してガラケーの電源を入れてしまう日もあった。

たまっていたメールを一度に受信する。

読む。

凹む。

電源を切る。

その繰り返し。

徐々にガラケーの電源を入れる日は減っていった。月に一度、入れるか入れないかくらい。


私が返信をしなくても、間を置いてメールをくれる友達もいた。

あの時「メールくれてありがとう」の一言すら言えなくて、ごめんねって思ってる。

ただ、苦しかったんだ。メールを読むのも返すのも。


でも、それは、目に見える行動としては「無視」と同じだった。




そのうち、私のガラケーが受信するメールは、ほぼメーリングリストの広告だけになった。



なんて、悲しいことか・・・・・




意外なことにそうは思わなかった。



なんだかとても気がラクになっていた。

もう悩まなくていいんだ。

もうビクビクしなくて済む。



気づかないうちに私はナニカに絡みつかれていたのだと思う。

ダメな自分をそのまま見せるのは悪いこと。

人に弱さを見せるのは恥ずかしい。

そんなようなナニカ。



そのナニカをとっぱらうために、ナニカでつながった関係をとっぱらうことが私には必要だった。

ナニカだけをとっぱらうなんて器用なことはできなかった。


ナニカがとっぱらわた開放感のような感覚を手に入れた一方、

寂しさが無かったわけでは、もちろん、無い。

けれど、その寂しさは、新たな人とつながる原動力になった。































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ラクな生き方は「絶望」と「孤独」と「意外な人」が教えてくれた ③ 意外な人

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