【5】パニック障害と診断された私が飛行機に乗って海を渡り、海外で4年暮らしてみた話。

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【5.海外への憧れ】


入社してしばらくして、社内出向となった。
系列他社への異動だった。

配属先は、小さな旅行代理店。
小さいけれど、お客様には芸能人の方もいる様な会社だった。

主な仕事は、アメリカ留学のお客様の留学手配やビザ取得代行、普通のパッケージ旅行の手配などだった。

ある日、私の友達から

友達に留学希望者がいるんだけど、話を聞きに行ってもいいか、と連絡があった。

友達とその友達が来社し、トントン拍子に話がまとまり、数ヶ月の内に彼女はアメリカへと旅立って行った。


そしてそのまた数ヶ月後、友達の友達ということで、個人的にも仲良くなった彼女の元へ遊びに行くついでに、仕事として、現地の視察をしに行くことになった。


しかし飛行機に乗るのか…。

アメリカへ行くのは2回目だった。
学生時代、学校の研修旅行でアメリカへ行った。
最も症状の酷い時期で、キャンセルしたかったが、親に払ってもらった高額な渡航費はもう一円も戻ってこない時期に入っていた。


どうせ戻ってこないなら、這いつくばってでも行こう。
そして私は初めての海外旅行でアメリカに行った。

結果は惨敗、ホテルで寝込み食事は喉を通らず、持参したカップスープで凌ぎ、目の前まで行ったディズニーランドでは、門の外でみんなが帰ってくるのを待った。


そんな初海外旅行のリベンジだった。
二度目の海外、二度目のアメリカは、薬を飲みながらも無事に楽しむことができた。


ただ、私は全く英語ができなかった。

こんなエピソードがある。


ある日、友達は語学学校の授業のため、私は一人で町に出た。

みんなの読んで良かった!