paperboy&co.入社そしてブクログへ...

(若干、フィクション入ってます)
「やめまっさ」
僕はそう言って、前の職場の上司に言った。
ちなみに、3.11前に言ったが辞めさせてくれなかった。
3.11後に会社が立ちゆかなくなり、僕以外の社員も放出する形となり、桜が咲く時期に辞めることになった。
ブラック企業なのはブラック企業だが、僕の力不足も多かった。半ば、プロジェクトを敏腕ディレクターに任せる形となった。
ネット上でその当時のプロジェクト名を検索すると僕の名前が出てくるので、なんか申し訳無いと思いつつも、その間にあったこととか色々書きたいことはあるが、それは胸の奥にそっとしまっておくことにした。
退職が決定したことをFacebookに書き込んだ。
Facebookとは、いわゆる世界最大のSNSだ。
それを書いた瞬間、数秒後にある人物からメッセージが来た。
10年来のつきあいがある、ある上場会社の役員である。
要約すると、
「飯でも食べまへんか」(関西弁)
というお誘いだった。
「ほんまでっか」(関西弁)
と返事した。会食は渋谷の奥まった所にあるおしゃれなカフェーだ。もちろん、その会社に関連するお店だ。
そこで、暖かいお湯を通したパスタに味付けをして盛りつけられた、、、もちろんお皿に。そんな料理を食べながら、言われた。
「(うち)どないでっか」
「10年待ってましたわ、その言葉」
この二言で決まった。これが、HH(HeadHuntingWorld)かと思った。
そうして、僕は面接を受けることとなった。
最初は、10年つきあいのあるYoshidaさんと僕の上司になる方とJINJIの人の3人。
終始和やかに終わった。
その数日後、次のステージ(次の面接)へ昇ることを承認する電子メールがJINJIの方からやってきた。
NITTEIは調整中ということで、待ってくれと言われた。
さすが、JOJO KIGYOのSHACHOUは忙しいんだなと思った。
数日後、CHOUSEIされた日程がおくられてきた。
そのNITTEIに従って僕は、MENSETSUを受けた。SHACHOUと。
実は、SHACHOUとは二度目の面会だった。何故か、インターネットで一番つぶやきが集まるサービス、Twitterというサービスを通じて何故か、初対面で불고기 をおごってもらった。
当然、JOJO KIGYOかつJOJO-ENをおごっていただいた関係から、SUITS STYLEで臨んだ。
SHACHOUは「(スーツって)まじっすね!」って言ってきた。
おっと、これは服のselectionをmisstakeしたのかと焦った。バビった。
その焦りの中、僕は、SHACHOUとJINJIのBOSSことMIURAのNOT APPAKU MENSETSUを受け、無事にSAIYOと書かれたメールが届いた。
こうして、僕はpaperboy&co.のWebService、bokologとpubooの闘者(ソルジャー)としてJOINした。
その一年後、分社化されて、株式会社ブクログが誕生した。
そこには、YOSHIDAが玉座に座った。そして、僕もpaperboy&co.からブクログに移った、まるでAKB48がデフスターレコードからキングレコードに移籍したように。

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