ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後 ④

1 / 2 ページ

前編: ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後 ③

~デブスからの脱却~


大学生あたりから、いちばん初めに書いたようなわたしの他人評が出来上がるようになっていったのだけど、分かりやすいっちゃ分かりやすい。


自分に似合うものが分かって、体型カバーしつつスタイルアップして見せる手法を身につけ、キレイになることに自信持っているようになったら、カワイイねキレイだねって褒められることが格段に多くなった。


細いねって言われることは相変わらずないけど、スタイルいいね、は少しずつ増えていった。

大きなお尻を逆手にとって、クビレだけは作ることを意識したり(そーすりゃバランスの問題でマシに見える)。

胸元は程よく開けて顔をスッキリみせたり(プラスアイメイクで顔の丸さより目の大きさに目が行くようにする)。ヒールを履いて底上げをするのは当たり前。



そういう小さなことの積み重ねで褒められることが多くなると、「あ、わたしカワイイのかも????」って脳みそが勘違いして、「じゃあもっとカワイイって言われるようにするには?」って働きをし始める。


そうすると全然気にしてなかったネイルとか髪のケアとかが気になったり、香りにもこだわってみたり、肌そのものをキレイにしようとかますます美容に対して関心が行くようになる。

美容院とかネイルサロンとかコスメカウンターとかに行くと基本キレイでカワイイ人ばっかりだから、いい刺激を受けて、自分もがんばろーって思う。



~10年後のわたし~

そんなことばっかして気づいたら三十路だけど、30だからって全然卑屈にはならない。

着たいと思う服が変わったり、ヒール高い靴に執着しなくなったり、少しずつ変化はあるけれど、30だからこそシワやたるみに敏感になって今までしなかったマッサージをするようになったら、逆に若く見られることも増えた。


結論として何が言いたいかって、繰り返しになるけど、女ってどうにでも変化できるってこと。


ブスだのデブでのっていうのは一過性のものだって思うくらいでいいと思う(もちろん、病的な場合を除くし、必ずしも何もしないで体重が落ちるわけではないけれど)。

ハタチになれば顔も雰囲気も変わるし、何より自分自身でいくらでも変えられる。痩せられなくったって、メイクして笑顔でいるだけで、全然人が違うように見える。

(実際にわたしの友人で、間違っても痩せているとは口が裂けても言えない体型をしている子がいるけど、彼女たちは意外にモテる。共通するのは、人懐っこい性格と常に満面の笑顔でいること。)


だし、年を取れば性格とか、愛嬌とか、そういったものでもかわいくみえてくる人のが多い。

だからこそ、デブだから・・・ブスだから・・・と卑屈になって他人を僻んでばっかりいたら、10年後20年後に本物のブスになる率は極めて高いと思ってる。


見た目の美醜で優劣つけるなんてバカバカしいと書いたけど、それでも、日々の生活の中で他人につけられてしまうのもまた事実。であれば、自分自身のかわいさを最大限に引き出す努力は最低限しなければいけないこと。

自分で自分の魅力を表現できないのに、他人のことを批判する権利はないと思う。






~最後に~


とは言っても、わたしの場合、キレイだねと言われたいがためにやっているのではなく完全なる自己満なので、見た目についてざっくりと褒められてもあまり嬉しくもないし、反応に困る。


わたしにとって最高の褒め言葉は『いい女』。見た目もキープして、中身は男に負けないくらいに仕事の話もして、でも料理や家のことするのも好き、というのをまるまる理解した上でお前いい女だなって言われるのは、男友達からでも嬉しい。

それか、女の子から言われる美人は格別最上級の褒め言葉。

みんなの読んで良かった!