キャリアプランとかいうけど先が見えたら辞めたくなるもんじゃないかな。

初めての就職

かれこれ20年前。簿記の専門学校を卒業して初めて職についた。「就職氷河期」という言葉はそれ以降も何度か聞くけど私の時代もちょうどバブルがはじけてすぐの就職氷河期だった。
簿記専門学校でもらった税理士事務所のパンフレットから「雰囲気」で決めたのはbig4(グローバルな会計事務所と連携している日本の4大監査法人)のグループ税理士事務所のひとつ。根拠のない自信に満ちあふれていた私は一切臆することなく面接に臨んだ。結果。見事合格。もうひとつ大手監査法人の税理士事務所を受けたけれど面接の時の雰囲気でダメなのがわかった。面接者との相性とかオフィスの雰囲気とか場所を案内をしてくれたスタッフの印象とかそういうので「合う・合わない」を感じる。「なんかいいなぁ」と思えば多分その会社に私がなじんでいるんだろうし、「なんか違うなぁ」と感じればそこで私は多分浮いている。ということで「なんかいいなぁ」と思っていた事務所で働くことになった。

その先を見ること

入社した税理士事務所は入社時の研修が充実していたし先輩もよく指導してくれた。大きな失敗をした時に助けてもらったことは今でも覚えている。それぞれが「専門職」として上下関係ではなくクライアントごとのチームとして動けていたと思う。

その税理士事務所では360度評価というのを行っていた。自己評価の他に一緒に仕事をした人や上司から評価される。それらを総合して翌年の年俸が決まるのだが、業務遂行能力だけでなくコミュニケーション能力やいろんな観点で評価がされる。自己評価というのが結構難しい。他者評価に近い自己評価をつけようという意識が働くので自分がどうだったかよりも自分の仕事を人がどう思っているかで採点してしまう。でもまぁ結局提出時には「自分で自分を評価しなくて誰が自分を評価するんだ」という気持ちになって高評価をつけちゃいましたがw

で。その評価の面談時に「1年後・3年後・5年後はどうなっていたいですか?」ということを聞かれるわけですが「正直先のことはわからない」と思いながらも「そうですね。外国税額控除の申告業務が増えてきているので各国の税法を勉強して国際課税の専門として5年後はスタッフを指導できる立場になりたいです!」みたいなことを言うわけです。そうこうしていくうちにその事務所で10年も20年も働いている先輩をふと見るわけですね。

資産税・国際課税・企業再編等の専門家としてそれぞれ得意分野で活躍し、執筆活動や講演を行ないながら新たな問題にも取り組んでいく。と。それはそれでとても素晴らしい。でも。その姿に自分が重ならない。で。入社してから6年半。転職を決意して大手税理士事務所をあっさり辞めました。

別の世界に飛び込む

転職活動は人材紹介会社に登録していくつか企業を紹介してもらいました。アパレル企業の財務経理管理者の中途採用試験で簿記3級程度の仕訳の問題を受けさせられた時は失礼ながら途中退席したのを覚えてます。「御社とは多分縁がないと思います。」とかなんとか言って。「あたしに簿記のテストをさせるとは!」と変なプライドがあったのですね。当時まだ若かったので。

まぁ転職活動をしてみて自分の客観的評価がわかりました。一般企業の経理マネージャー的な立場での転職を希望していた私には大手税理士事務所での報酬をキープするほどの経験がない。よく給料が安いだの会社は自分の価値をわかってないだのと文句を言う人がいるけれど「じゃあ会社辞めて自分の価値を客観的に知ったら」と思う。

そんな中、面接を受けたインターネットの会社で「大手税理士事務所にいたからってお前どうせなにもできないんだろう」と面接した人に言われて「お。この会社合うかも」と思って入社を決めた。今はできなくても私にはできるから。

当時20名程度だった社員は入社後どんどん大きくなった。ピーク時は連結で5,000名超えていたのではなかろうか。先が見えない楽しさ。1年で3年分くらい経験できて前だけを見てる人たちが沢山いて刺激があってどんどん新しいサービスを生み出していって毎日何か起きて猛スピードでそれを解決していく。ここからここまで。という仕事ではなくて、ここから先全部。みたいな仕事。

ターニングポイント

大好きな会社で大好きな人たちと辛くも楽しい仕事を続けてきたわけだけれども、6年全力で走り倒した後、企業再編せざるを得ない状況に陥った。そこから更に1年半。自分の職責をやりきったと思えるまで働いてその会社を後にした。

税理士事務所に6年半。インターネット企業の財務経理として7年半。「会計」という共通点はあるもののその2社は全く別の職場で全く異なる経験を私にもたらしてくれた。久々の転職活動ではなかなかな経歴を引っさげて数社面接を受けた。報酬・立地・企業規模等選択の条件はいろいろあるけれど結局「面接してくれた人の印象が一番よかった会社」に決めた。ここでも「なんかいいなぁ。この会社」という感覚が決め手でした。

私がやっていいの?

転職した会社もネット系企業だった。いろいろあって私が転職して数年後に一度縮小し、そこからまた大きくなっていきました。今では世界で通用するビジネスを展開してます。

一度会社が縮小した際、新たなビジネスを作り上げるために役職・職種・経験関係なく全員で新サービスを創り出すという体験をさせてもらいました。それまでネットサービスを創り出すのは知識やセンスのあるごく一部の人に限られていると思っていた私は、正直「私がやっていいの?」という感じでした。数字しか見てこなかった私が果たしてネットサービスを生み出せるのか。ド素人が意見していいのか。最初はそんな気持ちだったのにやっていくうちにそのことしか考えないようになって、どんどん前のめりになっていきました。「私にはできない」と思って自分に限界を作っていたことに気付けたことがまた自分の人生を動かすことになります。

またまた転機

会社務めを始めて20年が経つ頃。若い世代(ま。私もまだまだ若いけどね)に会社を任せるタイミングが訪れました。もう会社勤めはお腹いっぱいという気持ちと「私にできないことはない」という思いから自分でビジネスをすることを選びました。それがボクシング&キックボクシングジムです。税理士事務所→インターネット企業→からのジム。まさに人生3回やり直し。未経験の領域のビジネスですが「やりたい」気持ちが勝ちました。「趣味を仕事にする・やりたいことをやる」なんていうとカッコいい響きですがやり始めてみると趣味と仕事はやっぱり別だしやりたいことにはその何倍もやりたくないことがついてくる。カッコいいことなんてイッコもない。顔は笑ってても次から次へと不安が襲いかかってくる。でも後悔はまだ一度もしていない。私が私の可能性を頭打ちすることは多分これからもないと思う。


小学校の同級生が9人しかいない田舎で育った。中学校は往復2時間かけて歩いて通った。負けず嫌いだと自分でも思う。石橋を叩かずに渡る性格はずっと変わらない。マネージャーになりたての頃自分を強くみせようとした時もあったし、管理部門がなめられないようにカリカリしていた頃もあった。そんなとき「北風と太陽」じゃないけど優しくした方が仕事やりやすいんじゃないの?と言ってくれた人がいて、それからは比較的優しい管理職になった(と思う)。人とランチをすることはほとんどなく朝から帰宅までずっと集中して仕事をするのが好きだった。通勤時もお風呂に入っている時もいつも仕事のことが頭にあるような仕事大好き人間。
ただ。仕事は。決してひとつではない。ひとりではできない仕事もあるし、ひとりでしかできない仕事もある。未経験だからってやりたいことをやらない理由はないし、やりたいことができる自分になればいい。だから。会社の文句ばっかり言って時間を過ごしている人を見ると残念な気持ちになる。

・何かを否定するなら代替案を出す

・やるしかないなら楽しむ工夫をする

・できないと言わない

全部自分に返ってくる。嫌な気持ちで過ごしたら自分の時間がもったいない。

税理士とヨガインストラクター

ボクシング&キックボクシングジムを始めて1年経った頃、ジムの税務申告書が届いた。1年ぶりに見る税務申告書。青い別表1を見て「あー。懐かしい。あー。やりたい。」と思った。「この仕事好きだわー」と。で。ジムをやりつつ税理士業務を再開することにした。税理士業では新しいサービスを創り出す人やこれからビジネスを大きくしていこうという人達と今楽しく一緒に仕事しています。

そしてさらに「ヨガインストラクター」も今年始めました。ヨガの経験自体は8年ほどあるのですが「教える」スキルはなかったので去年からインストラクターになる勉強をして、今年の春からボクシング&キックボクシングジムでヨガのクラスをもつことになりました。私自身ボクシングとヨガを続けているのでその両方ができるジムになったことは嬉しいですし、私がヨガインストラクターなんてできるかなと思っていた時に「なんで?やればいいじゃん。」と言ってくれた人に感謝しています。

自分で自分の枠をつくらない。できないことはない。先が見えたら面白くない。今の自分は20年前に想像した自分と1ミリも合ってない。いろんな転機での選択が今の自分をつくっているし、どの選択も間違えてなかったと思える。全てにおいて後悔はしていない。多分。これからも。突拍子もない選択をして突拍子もない人生にしていくんだと思う。自分でも楽しみだ。

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