子どもは家畜ではありません

私は両親を恨んでいた。ずっと。

今は恨んでいない。

恨むことすら無駄だと思う、半ば投げやりな気持ちもあったけれど

あの人たちは自分の子どもの心を育てることすらできない

残念な、可哀想な人だったんだなと思うようになったから。


親に見捨てられたんだと思っている時は苦しかった。

悲しかったし辛かった。


いつかは分かり合える日が来るんじゃないかと心のどこかで期待して、もがいている時は

今がそうではないという事実を見せつけられるようで本当に苦しかった。


決して快いことではなかったけれど、自分の意思で距離を置くようになってから

私の心は少しラクになった。



「心の病」の治療中、私は驚いたことがある。

世の中にはこんなにも親子関係で悩んでいる人がいるのかと。


自分の家族が「普通」ではないことは幼い頃から分かっていた。

でも、身近には同じような境遇の人がそんなにはいなかった。

だから、負い目を感じてた。

仲良くなって家の行き来をしたり、家族のことを話したりするのが嫌だったから

深く仲良くなれた友達は少なくて、浅く広く友達と付き合ってた。

学校で先生が「みんなと仲良くしましょう」っていうしね。


でも、世の中にはワケアリカゾクがいっぱいいるってことが分かった。


そういう人たちの話を聞いて、自分の経験を踏まえて思うこと。


子どもは家畜じゃない。

心を育てられないのならさっさと手放せ。




自分の親を否定するなんて切ない。

なんだかんだ言っても、自分は親からできてるわけで

親を否定するのは自分の存在を否定するようなことだから。


それに、この世に産み出してもらったこと、食事を与えてもらったことには感謝できる。


だから、親の存在自体は認めるし、感謝するところもある。


でも、親の言動で決して許せないことは山ほどある。

食べ物与えてるんだからって、なにしてもいいわけじゃないよね?

なんで「ありがとう」が言えないのって怒られたことあるけど

なんであなた達「ごめんね」が言えないの?

食べ物を与えて大きくしたんだからリターンがあるよね?って私、家畜じゃないんで。


それにね、私、あなた達が注いでくれた量をはるかに上回る量の愛情を

「他人」にいただいて大きくなったの。

私、やたら作文みたいの書いて「他人」にお金を貸してもらったりいただいたりしてきたよね。




私は大学生の時、児童養護施設に何度か行った。

正直、心が締め付けられるような思いを何度もした。

でも、彼らが少し羨ましくも思えた。

一緒に悪いことできちゃう仲間がいるのか。

こうやって知らないお兄さんお姉さんに言いたい放題言って、甘えられちゃうのかって。


彼らは彼らで苦しいと思う。思うというか、苦しさをなにかしら抱えているとしか思えなかった。


かと言って、家庭で育つ子どもがみんな幸せかというと、そうではないと思う。

家庭で育つのが幸せというのは、家庭が家庭として機能しているからこそ。


家庭が機能不全に陥ってしまったら、行政や他人の力を借りるのが一番子どものためになると思う。


子どもを育てる人には、愛情か知識か、どっちか持ってて欲しいでしょっていうのが本音。

両方持っててくれたら、子どもの心は満たされやすいと思う。


一旦、親の「支配」から離れて、いろいろな人と関わった上で

子ども自身が親と過ごすことを望むのならば、それは大切な選択のひとつだと私は思う。


けれど、機能不全に陥っている家庭から子どもが解放されると

子ども自身が本人の問題に取り組みやすくなる。

家庭の中にいるせいで、親の問題なのに自分が悪いんだ、とか

自分がどうにかしなきゃって思って消耗してしまいやすい。

一番の弊害は自分の気持ちに蓋をしてしまうこと。


自分の気持ちを押さえつけることが、生きていく上で一番不幸なことだと私は思う。


親がいない、お金がない、学歴職歴がどうとか、外見のこととか、そんなのはどうにかなるし

どうにかならなくたっていい。

親がいなくて寂しくたって、寂しいんだって感じて、寂しいよって言えたらラクになった。

貧乏でも行政の支援で病院にだって行けたし、

奨学金もらってバイトして勉強して大学出たし、

おっきい会社に入ったおかげで、ありがたいことに長いこと休職して病気を治療できてる。

くせ毛でO脚だけど、別に死にはしない。


そんなことより、自分の気持ちを押し殺して

親が認めてくれるように、先生に褒められるように、社会的に強い立場でいられるように

なーんて生きることが苦しかった。



お父さん、お母さん。

産み出してくれて、ごはん食べさせてくれてありがとう。

でも、もう私のこと縛りつけるのやめて。

それぞれが抱えている問題を消化して

お互いにお互いの幸せを喜べるようになったら、また話そう。

生きてる間にそれが叶わなくても私は構わないから。














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